今日の聖句11月10日(水)\(^o^)/ ほかの国から流れて来る冷たい水は、涸れることがあるだろうか。それなのに、わたしの民はわたしを忘れ、空しいものに犠牲を供える。 エレミヤ18:14-15 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛にとどまりなさい。 ヨハネ15:9 ************** 今週のテーマ:分かち合う きょうの聖書:使徒4:32-37 使徒の働き4章32節33節34節 さて、信じた大勢の人々は心と思いを一つにして、だれ一人自分が所有しているものを自分のものと言わず、すべてを共有していた。使徒たちは、主イエスの復活を大きな力をもって証しし、大きな恵みが彼ら全員の上にあった。彼らの中には、一人も乏しい者がいなかった。 「共有」 共同体としてのキリスト教会の原点がここにあります。自分の持ち物を自分のものだと主張せずに教会の持ちものとして共有したということです。キリストが復活したことにより、人々が罪の赦しと神様との和解を受け、新たに天から降った降った聖霊によって命と希望に満ちていたからです。 誕生直後の教会は成長と発展に向けて一致と団結の中にありました。ユダヤ教の律法によって生活を縛り付けられていた人々がその律法の縛りから解放され、自由にのびのびと暮らせるようになった喜びを、復活を証言することでエルサレム一帯に広めていたのです。 現代の教会でも私たちクリスチャンは教会に所属する一員として各々自分の持ち物を教会に持ち寄り、教会の必要の足しにしています。それは、十一献金と礼拝献金という形で私たちの生活に定着しています。献金した人は、自分が神様の役に立ち、教会の役に立てているということを感謝して喜んでいるのです。 そればかりでなく、自分の家庭を守る母親のように自分の所属する教会で様々な奉仕をしています。更に発展して、問題を共有し、解決の過程を共有し、問題解決の喜びも共有します。これが生命共同体といわれる教会の姿なのです。十字架に表されたキリストの永遠の愛がその根底にあります。 祝福を祈ります。