今日の聖句11月7日(日)\(^o^)/ わたしがあなたの口に置いたわたしのことばは、あなたの口からも、あなたの子孫の口からも、子孫の子孫の口からも、今よりとこしえに離れない。 イザヤ59:21 かつて書かれたものはすべて、私たちを教えるために書かれました。それは、聖書が与える忍耐と励ましによって、私たちが希望を持ち続けるためです。 ローマ15:4 ************** 今週のテーマ:分かち合う きょうの聖書:マルコ6:30-44 マルコの福音書6章38節〜42節 イエスは彼らに言われた。「パンはいくつありますか。行って見て来なさい。」彼らは確かめて来て言った。「五つです。それに魚が二匹あります。」するとイエスは、皆を組に分けて青草の上に座らせるように、弟子たちに命じられた。人々は、百人ずつ、あるいは五十人ずつまとまって座った。イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて神をほめたたえ、パンを裂き、そして人々に配るように弟子たちにお与えになった。また、二匹の魚も皆に分けられた。彼らはみな、食べて満腹した。 「五つのパンと魚二匹」 五つのパンと二匹の魚で五千人以上の男、女性と子供を遇わせたらおそらく一万人以上の人々を満腹させ、なお余りが「十二のかごにいっぱいあった」とは驚くべき奇跡です。群衆が空腹で動けなくなる前に対処するとすれば「解散以外に道はない」という状況での奇跡でした。青梅マラソンの人の波が連想されます。 一万人以上の人が食料を必要としている中で、「五つのパンと二匹の魚の他には何もない」という現実の中で起きた奇跡でした。35節には「遅い時刻」とありますが、これは春の午後の明るい時間帯のことです。闇に紛れてインチキをしたということではありません。 五十人ずつの組、百人ずつの組の作られたことが記述されていります。組み分けされていますので配給に漏れる人は出ませんでした。全員に配られています。整列された人々の前で、明るい光の中で公正に行われた奇跡でした。弟子たちはイエス様を「神の御子・救い主」として認めざるを得ないことになってきました。 ヨハネによるとこのパンと魚は少年の弁当でした。この子がイエス様の必要を感じて自分のパンと魚のすべてを差し出した結果の奇跡でした。昔から喜びは分け合うと倍になり、悲しみは分け合うと半分になると言われています。分け合うことですべての人が満足するという大きな真理がここにあります。 祝福を祈ります。