今日の聖句11月5日(金)\(^o^)/ わざわいだ。悪を善、善を悪と言う者たち。彼らは闇を光、光を闇とし、苦みを甘み、甘みを苦みとする。 イザヤ5:20 このためにこそ、あなたがたは召されました。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残された。キリストは罪を犯したことがなく、その口には欺きもなかった 1ペテロ2:21-22 *************** 今週のテーマ:神が求められること きょうの聖書:申命記12:1-7 申命記12章6節7節 あなたがたは全焼のささげ物、いけにえ、十分の一、あなたがたが供える奉納物、誓願のささげ物、進んで献げるもの、あなたがたの牛や羊の初子をそこに携えて行きなさい。そこであなたがたは家族の者とともに、あなたがたの神、主の前で食事をし、あなたの神、主が祝福してくださった、あなたがたのすべての手のわざを喜び楽しみなさい。 「和解の会食」 その昔カナンと呼ばれている土地がありました。その土地には今はイスラエル共和国があります。戦前戦後という今から7 〜80年くらい前はパレスチナという名称で地図に載っていました。出エジプトの旅を終えてカナンに住むようになったら、偶像教徒が使用していた礼拝場所を粉砕し、決してイスラエルの礼拝場所にしてはならないという命令がここにあります。 そして、新たに神様によって指定される礼拝場所で天地の造り主である神様に感謝と信仰の献げものを献げて礼拝しなさいと言われています。それは牛などの動物や小麦粉、パンや油などです。礼拝が終わった後はそれらの献げ物の残りによって礼拝者一同で食事をして喜び楽しみなさいと言われています。 それは神様を信じるという礼拝行為と、食事をして体を養うという生活行為がとてもよく似ているからです。日曜日の主日礼拝が終わり、そのあとで昼食を共にする教会が多数あります。その食事会はしばしば愛餐会と呼ばれています。この食事会には「和解の会食」という意味があります。 礼拝は神様との和解であり、人と人、相互の和解であるからです。お互いに赦しあった人同士が神様の御前で親しく食事する姿は美しくも輝かしくあります。イエス・キリストが命を投げ出して成し遂げた救いは神様と人の和解のためでした。礼拝の中で神様に感謝と賛美を捧げ、愛燦会でお互いに赦しの恵みを受けたことを喜び祝うのです。 祝福を祈ります。