今日の聖句11月17日(火)\(^o^)/ わたしの名のために怒りを遅らせ、わたしの栄誉のためにそれを抑えて、わたしはあなたを絶ち滅ぼさなかった。 イザヤ48:9 神は私たちを救い、また、聖なる招きをもって召してくださいましたが、それは私たちの働きによるのではなく、ご自分の計画と恵みによるものでした。この恵みは、キリスト・イエスにおいて、私たちに永遠の昔に与えられたのです。 2テモテ1:9-10 ***************** 今週のテーマ:みことばの光 きょうの聖書:イザヤ55:6-13 イザヤ書55章10節11節 雨や雪は、天から降って、もとに戻らず、地を潤して物を生えさせ、芽を出させて、種蒔く人に種を与え、食べる人にパンを与える。そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、わたしのところに、空しく帰って来ることはない。それは、わたしが望むことを成し遂げ、わたしが言い送ったことを成功させる。 「みことばの力」 神様のみことばは雨や雪が天から降ってあらゆる生き物に命を与えています。雨や雪が地面から天に向かって降るということはないのです。それと同じように、みことばは神様から出て、被造物世界を支配し、神様の御計画を前進させていきます。一度語られたみことばは必ず実現するのです。 神様から私たちに送られるみことばは、私たちの人生の中で諸問題を解決します。また、私たちは与えられたみことばによって迷いを脱し、信仰の決断を下せるようになります。希望はみことばから生まれ、信仰そのものがみことばによって成り立っています。みことばは光であって神様のお姿をはっきり見せてくれます。 きょうの聖書の冒頭に「主を求めよ」という呼びかけがありますが、これは「みことばを求めよ」と言い換えられるのです。私たちは祈りの中でみことばを与えられ、ディボーションや礼拝の中でみことばを与えられます。自分の心にピッタリはまるみことばを頂いたときの喜びは口に出せないどの喜びがあります。 ですから、私たちにとっては毎日みことばに接していることがとても大事です。そのみことばを一般化しないで、自分に対する神様からの声として個人的に受け止めることが必要です。その時神様が私たち個人に対してみことばの力を発揮してくださいます。聖書は個人的に読むべきものです。 祝福を祈ります。