今日の聖句9月21日(月)\(^o^)/ 私の目は苦しみによって衰えています。主よ私は日ごとにあなたを呼び求めています。あなたに向かって両手を差し伸ばしています。 詩篇88:9 わたしがお願いすることは、あなたが彼らをこの世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。 ヨハネ17:15 ***************** 今週のテーマ:他人を赦す きょうの聖書:エペソ4:25-32 エペソ人への手紙4章25節26節27節 あなたがたは偽りを捨て、それぞれ隣人に対して真実を語りなさい。私たちは互いに、からだの一部分なのです。怒っても、罪を犯してはなりません。憤ったままで日が暮れるようであってはいけません。悪魔に機会を与えないようにしなさい。 「心の汚れ」 私たちは隣人に対して正直でなければならないことを知っています。ですから、真実でないこと、つまり、嘘をつかれると怒りがこみ上げることがあります。だまされるということは耐えがたい苦痛なのです。いまは、特殊詐欺と呼ばれているオレオレ詐欺があります。人をだましてお金を巻き上げる人が多いので注意が必要です。 パウロは、だまされて怒りに包まれても、自分が罪を犯してはならないと命じています。また、その憤りを日暮れまで抱えていてはいけないとも言っています。だまされれば怒るし、被害を受ければ憤りもしますが、その怒りと憤りは、嫉妬やひがみ、悪口や侮辱と共に私たちの心の汚れになります。 心に汚れを持ったままでは私たちの心は晴れ晴れとしません。心の中をきれいに解決することが必要です。だまされて被害を受けてしまったのですから、相手に謝罪を求めるなり、悔い改めに導くなり、あるいは警察に届けるなり、しかるべき対処をすることです。それをしないでくよくよしていると自分が悪魔に誘われて罪を犯すことになるかも知れません。 私たちを怒らせた人がいたのなら、その事実を相手に明確に伝えることです。相手が罪を認めて悔い改めたなら、キレイさっぱり赦して、忘れてしまうことです。赦さずに汚れを抱えたままでいると自分の体調にまで影響し、病気にさえなりかねません。自分の心の汚れを他人の責任にするよりも、自分の心のきよめは自分で責任を持たなければならないのです。 祝福を祈ります。