今日の聖句7月10日(金)\(^o^)/ 代は代へとあなたのみわざをほめ歌いあなたの大能のわざを告げ知らせます。 詩篇145:4 恵みがますます多くの人々に及んで感謝が満ちあふれ、神の栄光が現れるようになるためなのです。 2コリント4:15 **************** 今週のテーマ:新しい自由 きょうの聖書:マルコ9:33-37 マルコの福音書9章35節36節37節 イエスは腰を下ろすと、十二人を呼んで言われた。「だれでも先頭に立ちたいと思う者は、皆の後になり、皆に仕える者になりなさい。」それから、イエスは一人の子どもの手を取って、彼らの真ん中に立たせ、腕に抱いて彼らに言われた。「だれでも、このような子どもたちの一人を、わたしの名のゆえに受け入れる人は、わたしを受け入れるのです。また、だれでもわたしを受け入れる人は、わたしではなく、わたしを遣わされた方を受け入れるのです。」 「皆に仕える者」 これはイエス様の伝道活動の中での後期の出来事です。イエス様が天国に帰ったときにイエス様のそばに座るのは誰かという話題で、弟子の中で一番偉いのは誰かと言って論じ合った弟子たちを指導した時のことばです。イエス様は「だれでも先頭に立ちたいと思う者は、皆の後になり、皆に仕える者になりなさい」と教えました。 また、「子どもたちの一人を、わたしの名のゆえに受け入れる人は、わたしを受け入れるのです」と言われて、子どもたちを一人前の存在として受け入れることが大事だと教えました。子どもとは、無知で無力な存在です、大人になっても子どものような人もいます。そういう人を受け入れる人が偉い人だとイエス様は教えたのです。 それは、イエス様が子どもや子どものような人を優先して天国に招いているということです。今は、児童虐待やいじめが社会問題になっています。虐待され、いじめられる人が悪いという話もありますが、それは明らかな間違いで、子どもやその他の弱者は守られなければならないはずです。イエス様は弱者優先を教えたのです。 世間では金持ちや権力者を偉い人と言いますし、そういう人に仕えようとする人も多いのですが、弱い立場の人に仕え、自分の出世や幸福などの願望は後回しにする人は少ないのです。イエス様の人生は弱者に仕える人生でした。私たちにも社会の底辺で苦しみ悩む人を支援して生きる生き方が求められています。 祝福を祈ります。