今日の聖句6月12日(金)\(^o^)/ 主よ。あなたは私を知り、私を見て、あなたに対する私の心を試されます。 エレミヤ12:3 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛にとどまりなさい。 ヨハネ15:9 **************** 今週のテーマ:主の愛にとどまる きょうの聖書:イザヤ25:6-8 イザヤ書25章7節8節 この山の上で、万民の上をおおうベールを、万国の上にかぶさる覆いを取り除き、永久に死を呑み込まれる。神である主は、すべての顔から涙をぬぐい取り、全地の上からご自分の民の恥辱を取り除かれる。主がそう語られたのだ。 「神様に直結」 神様はイザヤを通して限りない愛を語っておられます。今日の聖書も神様が全人類の救いのために立てたイエス・キリストの十字架による救いの御計画です。この山とは、エルサレムのことです。万民の上をおおう「ベール」とは、人類の「罪」です。神様と人間とを遮る罪という覆いが取り除かれる時、すべての人間の顔から涙がぬぐいとられ、笑顔で生きられるようになるのです。 イエス・キリストの復活によって神様は永久に死を呑み込まれました。その結果、私たちはキリストのように復活できるという希望の中で生きられるようになったのです。ここでは顔から涙がぬぐい取られると言われていますが、黙示録では目から涙がぬぐい取られると言われています。同じことです。 イエス様が十字架で息を引き取ったときに、エルサレムの神殿に備えられていた聖所と至聖所の仕切りになっていた幕が上から下まで真っ二つに裂けたという記録がマタイ伝にあります。大祭司以外は出入りできなかった神様との交わりの場であり、神様への礼拝の場であった至聖所へ誰でも自由に出入りできるようになったということです。 私たちは神様の愛の取り計らいによって、罪を赦され、いつでも、どこにいても天地の創造者であり、全能の父なる神様に心を込めて礼拝を捧げることができるようにされたのです。神様に直結した人は、いつでも神様の愛によって心を満たされ、愛と平和と躍動する命に満ちて生きることができるのです。私たちをこの神の愛から引き離すものは何もありません。 祝福を祈ります。