今日の聖句1月29日(水)\(^o^)/ 傷んだ葦を折ることもなく、くすぶる灯芯を消すこともなく、真実をもってさばきを執り行う。 イザヤ 42:3 人の子は、失われた者を捜して救うために来たのです。」 ルカ 19:10 ****************** 今週のテーマ:すべての人に きょうの聖書:エゼキエル33:10-13 エゼキエル書33章10節11節 人の子よ、あなたはイスラエルの家に言え。『あなたがたは「私たちの背きと罪は私たちの上にのしかかり、そのため私たちは朽ち果てた。私たちはどうして生きられよう」と言っている。』彼らにこう言え。『わたしは生きている─神である主のことば─。わたしは決して悪しき者の死を喜ばない。悪しき者がその道から立ち返り、生きることを喜ぶ。立ち返れ。悪の道から立ち返れ。イスラエルの家よ、なぜ、あなたがたは死のうとするのか。』 「神に立ち返れ」 エゼキエルはエルサレムがバビロニヤに滅ぼされる前はエルサレムの神殿で祭司として働いていました。バビロンに捉え移されて数年を経たのちバビロンに来たユダヤ人たちに神様のみことばを伝えて励まし導くようにました。それだけでなく、キリストによる救いや終末についても預言して今の時代の人々にも強い影響を与えています。 エルサレムが滅びた原因は宗教と政治の指導者が堕落して聖書が禁じている偶像礼拝にふけったからです。バビロンに来たユダヤ人は自分たちが神様に背く大罪を犯したのでバビロンで死に絶えてしまうと考えて絶望していました。エゼキエルはそういうユダヤ人に「悪の道から立ち返れ」という神様の言葉を伝えたのです。 神様は「わたしは決して悪しき者の死を喜ばない。悪しき者がその道から立ち返り、生きることを喜ぶ」と考えていますし、善人に対しても罪びとに対しても、 すべての人が神様の愛の懐の中で幸せに生きることを願っているのです。事実、このことが語られて数十年後にはユダヤ人はエルサレムに帰還して神の民として再出発を遂げています。 神様を裏切って神様を捨て、偶像に仕えたユダヤ人が再び神様に立ち返って信仰と礼拝の民となれたように、すべての人にその機会が与えられています。特に現代人にはキリストの十字架が大きく示されています。すでにクリスチャンとなっていてる私たちも毎朝キリストの十字架に立ち返りながら信仰生活を継続できています。神様に立ち返らなくてもよいという人はいないのです。 祝福を祈ります。