今日の聖句5月21日(火)\(^o^)/ 私の霊を御手にゆだねます。真実の神、主よ。あなたは私を贖い出してくださいました。 詩篇31:5 なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。 ローマ8:2 ****************** 今週のテーマ:キリストの主権 きょうの聖書:マタイ20:1-16 マタイの福音書20章13節14節15節 彼はそのひとりに答えて言った。『友よ。私はあなたに何も不当なことはしていない。あなたは私と一デナリの約束をしたではありませんか。自分の分を取って帰りなさい。ただ私としては、この最後の人にも、あなたと同じだけ上げたいのです。自分のものを自分の思うようにしてはいけないという法がありますか。それとも、私が気前がいいので、あなたの目にはねたましく思われるのですか。』 「イエス様は太っ腹」 これは、イエス様が語られたブドウ園の労働者への賃金の支払い方についての譬え話です。5時の雇われ人というタイトルが付けられる場合もあります。ブドウ園の主人は、朝早くから働いた人に1デナリの賃金を支払い、午前からの人にも、午後からの人にも等しく1デナリ支払いました。 そして、夕方の5時から1時間だけ働いた人にも1デナリ支払われたのです。朝早くから炎天下で働いた人から苦情が出ました。1時間きり働かない人に1デナリ与えるなら、自分はもっと多く与えられて当然と考えたのです。それに対して園主は「自分のものを自分の思うようにしてはいけないという法がありますか」と答えて苦情を切って捨てています。 神様は万物の創造者ですから、すべての被造物をご自分の思うままに使えるのです。これが創造者の使用権です。「気前がいい」とは英語では、「ジェネラス」(generous)と言います。キリストは特別に気前の良いお方です。ここでのブドウ園とは教会のことで、1デナリとはだれにも等しく与えられる「救い」のことです。 子どものころから教会に通って神様に仕えている人にも、老人になってから教会に来て、少しの間だけ神様に仕えた人にも、キリストは気前よく救いの恵みを与えてくださるのです。キリストが気前が良いおかげで、ろくに働きもしない私のようなものまで、熱心に奉仕している人と同じように救いを受けることができたのです。太っ腹なイエス様に感謝するしかありません。 祝福をお祈ります。