今日の聖句4月22日(月)\(^o^)/ 主は国々の間をさばき、多くの国々の民に、判決を下す。彼らはその剣を鋤に、その槍をかまに打ち直し、国は国に向かって剣を上げず、二度と戦いのことを習わない。 イザヤ2:4 イエスはもう一度、彼らに言われた。「平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。」 ヨハネ20:21 *************** 今週のテーマ:復活の福音 きょうの聖書:ルカ24:13-32 ルカの福音書24章30節31節32節 彼らとともに食卓に着かれると、イエスはパンを取って祝福し、裂いて彼らに渡された。それで、彼らの目が開かれ、イエスだとわかった。するとイエスは、彼らには見えなくなった。そこでふたりは話し合った。「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」 「イエス様ご自身が近づいて」 これは、イエス様が十字架で死に、三日目によみがえった日のできごとです。二人の弟子がイエス様がよみがえったことを信じられずに、落胆して出身地のエマオ村に帰る途中のことです。イエス様はこの二人に近づき、二人が話している内容をそばで聞き、「その話は、何のことですか」と質問しました。 この二人には、その人がイエス様だとはわかりませんでしたので、救い主が祭司長らによって十字架に付けられて殺されてしまったことを話しました。それを聞いたイエス様は旧約聖書の中から救い主がどのような方であるかを詳しく説明したのです。夕暮れになっていたのにイエス様がさらに先に進んで行こうとすねるので、二人は強いてイエス様に宿に泊まるように頼み、食事になりました。 イエス様がパンを祝福したときに、二人の目が開いてイエス様だと気が付いたということです。その瞬間にイエス様の姿は消えてしまいました。しかし、二人の心にはイエス様が道々お話になったことや聖書の説明を聞いていた時に心が燃やされていた記憶がありありと残っていたのです。 よみがえったイエス様は、この二人と共に歩まれたように、私たちの人生の中でも共に歩んでいてくださいます。復活を信じられなかった二人と共に歩んだということは、イエス様が私たちと共に歩んでいてくださることを知っていてもいなくても、イエス様は私たちと共にいてくださるということです。悲しむもの、苦しむもの、病める者、失望したもの、不信仰に陥ってしまったものに対してさえも、キリストは近づいて共にいてくださいます。 祝福を祈ります。