今日の聖句12月28日(金)\(^o^)/ 心に喜びがあれば顔色を良くする。心に憂いがあれば気はふさぐ。 箴言15:13 神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。 2コリント1:4 ***************** 今週のテーマ:主の栄光が現れた きょうの聖書:ダニエル4:34-37 ダニエル書4章34節35節 その期間が終わったとき、私、ネブカデネザルは目を上げて天を見た。すると私に理性が戻って来た。それで、私はいと高き方をほめたたえ、永遠に生きる方を賛美し、ほめたたえた。その主権は永遠の主権。その国は代々限りなく続く。地に住むものはみな、無きものとみなされる。彼は、天の軍勢も、地に住むものも、みこころのままにあしらう。御手を差し押さえて、「あなたは何をされるのか」と言う者もいない。 「ネブカデネザルへの神様の処罰」 これはユダヤの民がバビロンに捕らわれていた時のことです。ネブカデネザルはバビロニヤの国王でユダヤを滅ぼした人です。その国王に神様は罰を与えました。ネブカデネザルはあたかも発狂したかのような状態になり「人間の中から追い出され、野の獣とともに住み、牛のように草を食べ、天の露にぬれ」るという経験をしました。 神様の刑罰の期間が終わったとき王には理性が戻り、神様の主権の下に謙るようになったということです。多くの人は巨大な権限を握ると傲慢不遜になり、神様を押しのけて自分の欲望を満たすために悪逆非道を行うようになります。ダニエルが罪を指摘して悔い改めて善を行うことを求めましたが王には聞く耳がなく、神様の処罰を受けることになったのです。 私たちも天地の創造者である御父が全世界に対して主権をもって支配しているということをしっかり認識して生きている必要があります。私たちが自己中心で神様を押しのけるということはネブカデネザルが犯したのと同じ重罪を犯しているということなのです。 キリストの救いとは、私たちが犯しているこのような罪から私たちを切り離すということです。私たちも神様の主権の下で神様の支配を受けて生きる者でなければなりません。キリストが生まれ、十字架で死に、墓からよみがえったのは実にこのためだったのです。 祝福を祈ります。