今日の聖句12月2日(日)\(^o^)/ 悔い改めよ。偶像を捨て去り、すべての忌みきらうべきものをあなたがたの前から遠ざけよ。 エゼキエル14:6 「心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして主を愛し、また隣人をあなた自身のように愛する」ことは、どんな全焼のいけにえや供え物よりもずっとすぐれています。 マルコ12:33 **************** 今週のテーマ:主の道を備えよ きょうの聖書:イザヤ40:1-8 「慰めよ。慰めよ。わたしの民を」とあなたがたの神は仰せられる。「エルサレムに優しく語りかけよ。これに呼びかけよ。その労苦は終わり、その咎は償われた。そのすべての罪に引き替え、二倍のものを主の手から受けたと。」荒野に呼ばわる者の声がする。主の道を整えよ。荒地で、私たちの神のために、大路を平らにせよ。 「慰めよ。慰めよ。」 本日は、第一アドベント礼拝です。今日から4週間はクリスマスに備える時になります。きょうの聖書はバプテスマのヨハネの登場とキリストの降誕を予告しているみことばです。ヘンデルはメサイヤという作品の中でこのみことばを歌詞として引用しました。 バプテスマのヨハネは「荒野に呼ばわる声」としてイエス・キリストの道備えをしました。直接イエス・キリストを指して、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」と言い、この方が神様から遣わされた救い主ですとユダヤの人々に紹介したのです。そして、キリストの救いを受けるために悔い改めなさいと指導しました。 イザヤが活動したのはバビロン捕囚のおよそ100年前です。捕囚は70年以上に及び、ユダヤの民は疲弊してしまいました。イザヤはそれを見越してイスラエルが救い主によって回復されるという預言を書いています。神様の慰めは逆境の中で種まきされているのです。二倍とは、北イスラエルと南ユダが一つになって救われるということです。 私たちが逆境に遭遇しているときにも神様の慰めの種は私たちの生活の中に届いているのです。試練には必ず出口があります。そして、私たちに与えられている最大の慰めは、いつの日か、キリストに面会してキリストと共に永遠に生きる日が備えられているということです。 祝福を祈ります。