今日の聖句8月30日(木)\(^o^)/ あなたがたは夕暮れには肉を食べ、朝にはパンで満ち足りるであろう。あなたがたはわたしがあなたがたの神、主であることを知るようになる。 出エジプト16:12 「ここに少年が大麦のパンを五つと小さい魚を二匹持っています。しかし、こんなに大ぜいの人々では、それが何になりましょう。」イエスは言われた。「人々をすわらせなさい。」その場所には草が多かった。そこで男たちはすわった。その数はおよそ五千人であった。 ヨハネ6:9-10 *************** 今週のテーマ:愛の掟 きょうの聖書:ヨハネ15:12-17 ヨハネの福音書15章12節13節14節 人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。わたしがあなたがたに命じることをあなたがたが行なうなら、あなたがたはわたしの友です。わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです。 「キリストの友」 「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです」と言われていますので、イエス様の命令を守るとすれば、それは私たちがイエス様の愛の中にとどまり、互いに愛し合うことです。イエス様から愛され、隣人を愛すならその人はキリストの友だ。と教えられています。 聖書で「神の友」と呼ばれたのはアブラハムただ一人だけです。「王の友」と呼ばれたのはダビデを支えたフシャイとソロモンを支えたザブデの二人だけです。「王の友」は朝起きて、すぐにズカズカと王の部屋に入ることを許されていた特別な人でした。どんな大臣や貴人が王と語るよりも先に王と語る特権を持っていた人、それが「王の友」です。 神の国の王であるイエス・キリストが弟子たちにその特権を与えたということであり、私たちクリスチャンもその特権に与っているということです。「人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません」ですが、命を捨てる人とはイエス様で、友とは弟子たちと私たちです。 私たちはそのような大きな愛で包まれているのです。地球が大気ですっぽりと包まれているように私たちは、聖霊様に包まれており、イエス様の愛で包まれているのです。この愛の外へ出てしまうということはありません。これはすべて福音宣教のためです。「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます」 (1テモテ2:4)実を結ばせるために愛で包んでいるのです。 祝福を祈ります。