今日の聖句3月27日(火)\(^o^)/ その恵みは私たちに大きく、主のまことはとこしえに。ハレルヤ。 詩篇117:2 私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。 ローマ8:32 ******************* 今週のテーマ:十字架への道 きょうの聖書:マタイ23:37-39 マタイの福音書23章37節 ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者。わたしは、めんどりがひなを翼の下に集めるように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。 「救いを拒むな」 ここにキリストによる裁きの根拠が示されます。「ああ、エルサレム、エルサレム」というイエス様の悲痛な叫びです。前節までの厳しい叱責の言葉の後、堰を切ったようにほとばしり出たイエス様の涙の声です。キリストと神様の愛を拒絶したユダヤの人々への切ない思いが述べられてたのです。 「めんどりがひなを翼の下に集める」は母鶏がひよこを翼の下にかくまうという比喩です。襲いかかる危険から保護するために神様が信者を守護されるという恵み深い愛のみ業を表します。そのように、イエス様は何度も選民イスラエルを愛情深く「救い」に集めようとされたのでした。 真心からの願いを込めた招きでしたが「あなたがた(選民)はそれを好まなかった」という拒絶の対応になってしまいました。イエス様の「救いを受けよ」という招きが真剣な願いであったからこそ、拒絶した選民の態度は極悪罪になるのです。そして、あなたがたの家=エルサレム神殿=は滅ぼされ、荒れ果てたままに残されることになりました。 招きに応じる「信仰」−それは、何かをすることではありません。愛を持って招いてくださる主の招きを素直に受け取る手です。愛されることを感謝する心です。単純に聞き従う耳です。素直に喜ぶ心で福音を聞くとき、私たちは何ものにも妨げられることなく聖霊の宮となり、神の神殿に組み込まれるのです。 祝福を祈ります。