今日の聖句5月30日(火)\(^o^)/ 見えない目を開き、囚人を牢獄から、やみの中に住む者を獄屋から連れ出す。 イザヤ42:7 牢につながれている人々を、自分も牢にいる気持ちで思いやり、また、自分も肉体を持っているのですから、苦しめられている人々を思いやりなさい。 ヘブル13:3 ************************* 今週のテーマ:この世の権威と神の主権 きょうの聖書:1サムエル2:1-18 サムエル記第一2章8節9節 主は、弱い者をちりから起こし、貧しい人を、あくたから引き上げ、高貴な者とともに、すわらせ、彼らに栄光の位を継がせます。まことに、地の柱は主のもの、その上に主は世界を据えられました。主は聖徒たちの足を守られます。悪者どもは、やみの中に滅びうせます。まことに人は、おのれの力によっては勝てません。 「神様に仕える人生」 1サムエル2章は、サムエルの母ハンナの祈りと、エリの息子たちの乱行、幼子サムエルの様子が描かれています。2章の冒頭にあるハンナの祈りは、イエス様の母マリヤが祈ったマニフィカートと呼ばれている祈りのモデルです。ハンナもマリヤもともに人生に起るすべての出来事について神様が究極的に支配しておられることを信頼して感謝しています。 私たちは悪がはびこり、戦争やテロの行為が常につきまとう世界に住んでいるので、神様が支配していることを忘れてしまうかも知れませんが、ハンナは神様を弱い者や貧しい者を救う主権者として受けとめていました。神様が主権を持ってこの世界を支配していることを覚えていれば、個人的な問題についても神様の視点から見ることができるようになります。 11節〜17節まで目を覆いたくなるようなエリの息子たちの乱行が記録されています。祭司の権力を笠に着て、神様には目も向けず、欲望丸出しの不信者の姿です。今で言えば、献金箱に手を突っ込んで現金をわしづかみにするようなものです。これが神様の主権を認めず、偶像礼拝をする宗教指導者の実態なのかも知れません。 サムエルは祭司エリの助手となるための備えの時期を過ごしていました。サムエルは親方の家に住み込んだ内弟子のように祭司エリに仕えて礼拝場所を整える仕事や礼拝行事の手伝いもしていました。助手見習いであってもサムエルは神様に仕えていたのです。私たちもそれぞれ職業や立場を持ちながら、実際には主権者である神様に仕える人生を送っているのです。 祝福を祈ります。