今日の聖句12月20日(火)\(^o^)/ 神は大いなることを行って測り知れず、その奇しいみわざは数えきれない。 ヨブ9:10 私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。 ヨハネ1:16 **************************** 今週のテーマ:キリストの出現 きょうの聖書:ルカ1:46-55 わがたましいは主をあがめ、わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます。主はこの卑しいはしために目を留めてくださったからです。ほんとうに、これから後、どの時代の人々も、私をしあわせ者と思うでしょう。 「マリヤの確信」 この46〜55節はマリヤの讃歌です。ナザレがらユダヤのエリサベツの家に来て励ましを受けたマリヤでした。マリヤは神様の御子を出産して育てていくという大仕事を神様から与えられましたが、そのことを大きな喜びをもって受け止めている様子がうかがえます。マリヤの積極的に神様に仕えていこうとする姿勢には頭が下がります。 今は未婚の女性が出産したからといってなぶりものになるようなことはありませんが、当時のユダヤでは石打の処刑を受けるようなことだったのです。夫となるはずのヨセフでさえも婚約者であるマリヤを密かに離別しようと考えたほどのことでした。神様の救いの計画を阻止しようとする悪魔は御子がこの世に出現することを徹底的に妨害するはずです。 悪魔の執拗な攻撃を受け、ナザレの村人からは白い目を向けられ、生まれた子は成人できるかどうかも分かりません。そのような不安を神様によってことごとく払拭されたマリヤだったからこそこのような賛美の歌を神様に向かって歌うことができたのです。マリヤには御父は必ず御子を守るという確信が与えられていたのです。 私たちの生活の中にも不安と恐怖の種が尽きることはありません。私たちもマリヤのように神様の全面的な守りと助けが与えられていることをしっかり信じ続けていきたいものです。神様の愛から私たちを引き離すことができるものは存在しません。45節の「主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう」というエリサベツのマリヤへの祝福の言葉は私たちにも向けられているのです。 祝福を祈ります。