今日の聖句 10月25日(火)\(^o^)/ 先の事は、見よ、すでに起こった。新しい事を、わたしは告げよう。 それが起こる前に、あなたがたに聞かせよう。 イザヤ42:9 確かに偉大なのはこの敬虔の奥義です。「キリストは肉において現れ、霊におい て義と宣言され、御使いたちに見られ、諸国民の間に宣べ伝えられ、世界中で信 じられ、栄光のうちに上げられた。」 1テモテ3:16 ******************************* 今週のテーマ:この世の権威 きょうの聖書:ヨハネ19:1-16 ヨハネの福音書19章10節11節 ピラトはイエスに言った。「あなたは私に話さないのですか。私にはあなたを釈 放する権威があり、また十字架につける権威があることを知らないのですか。」 イエスは答えられた。「もしそれが上から与えられているのでなかったら、あな たにはわたしに対して何の権威もありません。ですから、わたしをあなたに渡し た者に、もっと大きい罪があるのです。」 「御父の愛の権威」 ピラトはローマから派遣されているエルサレムの総督です。ピラトにはエルサレ ムを統治する義務と責任があります。ビラトにはイエス様を釈放する権威があり ました。しかし、イエス様には神様を信頼することを忘れてしまったユダヤの 人々を神様に立ち返らせる使命がありました。ピラトはイエス様を釈放する努力 をしましたが、イエス様は釈放されてしまってはユダヤの人々と世界の人々を救 う道が無くなってしまうのです。 イエス様が十字架にかけられたのはローマ総督の権威やユダヤ教指導者の宗教 的権威によったのではなく、天の父なる神様の人々を救う熱意のこもった愛の権 威によったのです。ピラトも大祭司も自分の権威の発動でイエス様を処刑したと 思っていたかも知れませんが、イエス様の十字架は神様の人類救済の大きなご計 画の中で行なわれてたことでした。 私たちが畏まって尊ぶべきは神様の愛の権威です。神様がイエス様の十字架によ って私たちを赦したと宣言しているので、私たちは神様のその宣言を感謝して受 けとめ、神様から与えられた和解と愛とを喜び祝わなければなりません。そのお 祝いの行事がキリスト教会で日曜日に行なわれている主日礼拝なのです。日曜日 に教会で歌われている賛美はこの神様の愛の権威を讃える歌なのです。 行政の権威も神様の愛が権威の根拠です。裁判の権威も神様の愛が根拠です。立 法と法律の権威も神様の愛の権威が根拠です。福音を伝え、人々を神様の御国に 導く教会の権威も神様の愛の権威の現れです。神様の愛がすべての権威の土台に あるのです。この基本原則が無視されたり、否定されればこの世の権威はすべて 総崩れとなるのです。神様の愛の権威が回復されることを求める祈りが「御名が 崇められますように」という言葉です。 祝福を祈ります。