今日の聖句 10月13日(木)\(^o^)/ わたしは主、これがわたしの名。 わたしの栄光を他の者に、わたしの栄誉を刻んだ像どもに与えはしない。 イザヤ42:8 私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、すべてのものはこの神から出て おり、私たちもこの神のために存在しているのです。また、唯一の主なるイエス キリストがおられるだけで、すべてのものはこの主によって存在し、私たちもこ の主によって存在するのです。 1コリント8:6 ******************************** 今週のテーマ:神の国を求めよ きょうの聖書:2コリント5:1-10 コリント人への手紙第二5章1節2節 私たちの住まいである地上の幕屋がこわれても、神の下さる建物があることを、 私たちは知っています。それは、人の手によらない、天にある永遠の家です。私 たちはこの幕屋にあってうめき、この天から与えられる住まいを着たいと望んで います。 「人生の最終目標」 この1節と2節をリビングバイブルでは「私たちがいま住んでいる、天幕の家が 取りこわされると〔すなわち、私たちが死んでこの肉体を離れると〕天にある新 しい体、永遠に保証された家がいただけるのです。それは、人の手ではなく、神 様の手でつくられた家です」と訳しています。パウロは復活と天の御国に召され ることを確信してこのように書き残しました。 天の御国に行きたいというパウロの願いは8節で「肉体を離れて、主のみもとに いるほうがよいと思っています」という言葉にも表れています。私は救いとは、 次のステップに進めることという定義を持っています。自分が死んだ後にも更に 進んでいける道が在るという意味です。人間は死んだらお終いという言葉があり ますが、救われた私たちは死んでも終わりではないのです。 永遠の世界である天の御国に目を向け、天の御国に焦点を合わせて生きている人 がクリスチャンなのです。そうでないとすれば、目は目先のことに縛り付けられ 悩み事や困難な問題に心を占領されてしまうことになります。私たちに天の御国 に向かって前進する希望を与えてくださったのはキリストです。イエス様は昇天 して天の御国で私たちが来るのを待っていてくださいす。 天の御国での私たちの居場所はイエス様によって整えられています。ですから 日々の生活には安心があります。長い目で物事を見ることができますし、誰とで も穏やかに話をすることができます。天の御国を人生の最終目標に定めておくこ とが幸せに生きるためにとても大切なことなのです。イエス様に反抗しない人は 誰でも天の御国で歓迎されます。 祝福を祈ります。