今日の聖句 8月1日(月)\(^o^)/ みなしごや、やもめのためにさばきを行い、在留異国人を愛してこれに食物と着 物を与えられる。あなたがたは在留異国人を愛しなさい。 申命記10:18-19 あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べる物を与え、わたしが 渇いていたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったとき、わたしに宿を貸 してくれたからです。 マタイ25:35 ******************************** 今週のテーマ:歴史を導かれる主 きょうの聖書:出エジプト6:1-13 出エジプト記6章10節11節 主はモーセに告げて仰せられた。「エジプトの王パロのところへ行って、彼がイ スラエル人をその国から去らせるように告げよ。」しかしモーセは主の前に訴え て言った。「ご覧ください。イスラエル人でさえ、私の言うことを聞こうとはし ないのです。どうしてパロが私の言うことを聞くでしょう。私は口べたなので す。」 「神様の力を頼りにして生きる」 出エジプトという神様の大事業が行なわれる直前のことです。神様はモーセに 「エジプトの王パロのところへ行って、彼がイスラエル人をその国から去らせる ように告げよ」と命じました。ところが、モーセは「イスラエル人でさえ、私の 言うことを聞こうとはしないのです。どうしてパロが私の言うことを聞くでしょ う。私は口べたなのです」と言って神様のご命令を拒んでしまったのです。 一説によると、モーセは「ドモリ」だったと言われています。うまくしゃべれな いのでパロを説得する自信が無かったのです。もし、モーセが雄弁家だったら出 エジプトはモーセの雄弁によって成功したと言われるかも知れません。神様はそ うなることをしませんでした。出エジプトはモーセがうまくしゃべってパロを説 得したからではなく、神様の特別な力の働きによって行なわれなければ意味がな いのです。 神様はしばしば弱点のある人を用いて御業を行なわれることがあります。神様ご 自身のお力で御業が成されたということが明らかになるためです。奉仕した人の 能力が高かったから上手に仕事ができたと言われればその人の手柄になってしま い、神様の力に頼る必要が無くなってしまいます。神様は私たちに私たちが逆立 ちしても到底できないようなご命令を出されることがあります。 それは私たちが神様の力を頼りにして生きるということを勉強させるためです。 学識があればできる、お金があればできる、普通はそう思います。しかし、私た ちにできることはほとんどありません。生きるということさえ自分ではできない のです。そして、神様は私たちにお命じなったことはすべてご自身で達成してく ださるのです。私たちは神様のご命令に同意し指図に従えばそれで良いのです。 祝福を祈ります。