今日の聖句 7月16日(土)\(^o^)/ 主よ、私の力、私のとりで、苦難の日の私の逃げ場よ。 エレミヤ16:19 私の小さい娘が死にかけています。どうか、おいでくださって、娘の上に御手を置いてやっ てください。娘が直って、助かるようにしてください。 マルコ5:22 *************************** 今週のテーマ:自然と歴史の主 きょうの聖書:士師2:16-23 士師記2章18節19節 主が彼らのためにさばきつかさを起こされる場合は、主はさばきつかさとともに おられ、そのさばきつかさの生きている間は、敵の手から彼らを救われた。これ は、圧迫し、苦しめる者のために彼らがうめいたので、主があわれまれたからで ある。しかし、さばきつかさが死ぬと、彼らはいつも逆戻りして、先祖たちより も、いっそう堕落して、ほかの神々に従い、それに仕え、それを拝んだ。彼らは その行いや、頑迷な生き方を捨てなかった。 「忍耐の神と頑迷な民」 約束の国カナンに入ったヨシュアは勇敢に戦って領土を獲得していきましたが、 110歳で死亡しました。ヨシュアの死後、ヨシュアと同世代の荒野の旅で神様 からの特別教育を受けた長老たちが生きていた間はイスラエルは創造者を礼拝し ていたのですが、その長老たちが死亡すると残された民は地元の偶像を礼拝する ようになってしまったのです。 偶像を礼拝するとイスラエルは無力になり、隣国からの略奪攻撃を受けて窮地に 陥るようになりました。そのとき、主は士師(さばきつかさ)を起こして、彼ら を略奪する者の手から救われたのです。ところが、彼らはそのさばきつかさにも 聞き従わず、偶像礼拝を行い、先祖たちのようには創造者への礼拝をしなかった のです。 士師が生きている間は神様はイスラエルを守りましたが、士師が死亡するとイス ラエルは再び神様を礼拝することを止め、不従順で頑迷な生き方に戻ってしまっ たのです。これは、一度洗礼を受けてクリスチャンになった人が、その後再び罪 の世界に転落していく姿にとてもよく似ています。罪を犯して苦境に陥り、悔い 改めて憐れみを受け、再び罪を犯してしまうという事の繰り返しです。 士師は16人立てられました。最後の士師がサムエルです。民は16回にわたっ て罪を犯しては赦され、赦されては再び罪を犯すということを繰り返しました。 最後に神様はダビデを立ててイスラエルを強固な神の民としたのです。頑迷な民 に対する神様の忍耐は200年にもおよびました。私たちに対しても神様は忍耐 深く、私たちの悔い改めを長くしのんでおられるのです。私たちには自分から進 んでみことばに従おうという決断が必要なのです。 祝福を祈ります。