今日の聖句 6月6日(月)\(^o^)/ ああ。家に家を連ね、畑に畑を寄せている者たち。あなたがたは余地も残さず、 自分たちだけが国の中に住もうとしている。 イザヤ5:8 どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。 なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。 ルカ12:15 **************************** 今週のテーマ:教会の秩序 きょうの聖書:1コリント14:1-12 コリント人への手紙第一14章1節〜4節 愛を追い求めなさい。また御霊の賜物、特に預言することを熱心に求めなさい。 異言を話す者は、人に話すのではなく、神に話すのです。というのは、だれも聞 いていないのに、自分の霊で奥義を話すからです。ところが預言する者は、徳を 高め、勧めをなし、慰めを与えるために、人に向かって話します。異言を話す者 は自分の徳を高めますが、預言する者は教会の徳を高めます。 「教会の徳」 クリスチャンとして神様からの愛こそ追い求めるべきことが語られています。そ して、霊的な賜物として、預言の賜物を熱心に求めるように勧めています。預言 する賜物というのは、占い師のように将来を言い当てる能力ではなく、神様の言 葉を自らが受け取り、神様に託されてそれを分かち合う賜物です。 預言とは、人と人との関わりの中で、神様の愛と恵みのみことばを折にかなった 形で伝達することです。それは人の前で自慢するためではなく、聞いた人が励ま され、慰められ、立てあげられることを目指す発言になるものです。説教も本質 的には、そういうものでなければなりません。 一方、異言の賜物というものもあります。これは通常の日本語とか英語のような 言語ではありません。神様に対して祈る人と神様との間の特殊な交信の手段なの です。知らない人が聞くと、ルルルルルル、トットットッ、アアアアアというよ うな音に聞こえます。この異言は礼拝中に交わされると礼拝に大きな支障がおこ り秩序が乱れます。 異言は、その人と神様との間での出来事なので、人に聞かせるものではありませ ん。個人的な祈りの時間に用いられるべきものです。賜物としてはむしろ、預言 の賜物を求めるようにとパウロは勧めます。そして、それらの賜物の行使に当た って土台となるのは「愛」なのです。すべての神様の賜物は神様の愛を伝達する ための手段として与えられているからです。 祝福を祈ります。