今日の聖句 3月26日(土) 私は今、あなたのしもべイスラエル人のために、昼も夜も御前に祈り、私たちが あなたに対して犯した、イスラエル人の罪を告白しています。まことに、私も私 の父の家も罪を犯しました。 ネヘミヤ1:6 聖なる父。あなたがわたしに下さっているあなたの御名の中に、彼らを保ってく ださい。それはわたしたちと同様に、彼らが一つとなるためです。 ヨハネ17:11 ************************************** 今週のテーマ:主の苦難をしのぶ きょうの聖書:2コリント5:11-15 コリント人への手紙第二5章12節13節14節 私たちはまたも自分自身をあなたがたに推薦しようとするのではありません。た だ、私たちのことを誇る機会をあなたがたに与えて、心においてではなく、うわ べのことで誇る人たちに答えることができるようにさせたいのです。もし私たち が気が狂っているとすれば、それはただ神のためであり、もし正気であるとすれ ば、それはただあなたがたのためです。というのは、キリストの愛が私たちを取 り囲んでいるからです。私たちはこう考えました。ひとりの人がすべての人のた めに死んだ以上、すべての人が死んだのです。 「キリストの愛が私たちを取り囲んでいる」 11節で、「私たちのことは、神の御前に明らかです」とあり、神様にありのま まを知られ、その神様を礼拝する者として自分の生き方を知ってもらいたい、自 分を内側から駆り立てているものを知ってもらいたいという気持ちは説教者や牧 師を駆り立てているものでもあります。パウロは14節で「キリストの愛が私た ちを取り囲んでいる」と書きました。新共同訳聖書では「キリストの愛が私たち を駆り立てている」となっています。パウロを生かす力はそこにありました。 キリストからの絶大な愛、そしてキリストへの真剣な愛、それがパウロの慰めで あり、励ましであり、人生に意欲を与えるものでした。キリストを信じた結果、 私たちにもたらされるものは生き甲斐です。人生を積極的な生き方へと駆り立て る力、それは誰の心にも必要なものです。冬の雪道で役立つのは四輪駆動、パウ ロは、キリストの愛こそ、自分にとっての駆動力だと語っているのです。 「ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのです」と いう言葉は、一人の人イエス・キリストが、 すべての人のために死なれたのだと いうことを教えています。これは自己中心という罪のためなのです。パウロは、 キリストの死を、特別に重要なものとして教えています。一人の人、アダムによ って罪ある者とされた私たちが、ひとりの人イエス・キリストのお陰でいのちあ る者、神との関係が修復された者として生きられるようになるのです。 アダムに属していた私たちが、キリストに属する者として生きられるようになる のですから、キリストと共に、キリストのために生きるのは当然なことだろうと パウロは語ります。「自分のために死んでよみがえった方のために生きる」こと が私たちを自己中心から解放させる方法として提供されたわけです。自己中心と いうことがすべての悪の根元にあるからです。キリストの死と復活は今日も私た ちに有効です。 祝福を祈ります。