今日の聖句 3月23日(水) きょう、もし御声を聞くなら、メリバでのときのように、荒野のマサでの日のよ うに、あなたがたの心をかたくなにしてはならない。 詩篇95:7-8 みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であって はいけません。 ヤコブ1:22 ************************************* 今週のテーマ:主の苦難をしのぶ きょうの聖書:マタイ26:6-13 マタイの福音書26章12節13節 この女が、この香油をわたしのからだに注いだのは、わたしの埋葬の用意をして くれたのです。まことに、あなたがたに告げます。世界中のどこででも、この福 音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この人の記念となるで しょう。 「油を注がれた(メシヤの)イエス様」 イエス様がベタニヤで、らい病人シモンの家におられると、弟子になっていたマ リヤという女性がたいへん高価な香油のはいった石膏のつぼを持ってみもとに来 て、食卓に着いておられたイエス様の頭に香油を注いだ、という出来事を受けて の話です。この香油の現在の価格をインターネットで検索してみたら、10t4 000円で販売されていました。1gなら40万円になります。 これを見た弟子たちは「売却すれば多くの貧しい人たちに生活支援出来たのにも ったいない」と言って大騒ぎになりました。その騒ぎを制したのがこの12節1 3節のみことばです。これは一死をもって全人類を罪から救おうというイエス様 の十字架の唯一の用意だったのです。 ユダヤ教指導者たちは、イエス様を神を冒涜する大罪人として殺そうとしていま す。しかも、弟子たちはイエス様が十字架の死に直面していることを忘れてしま っている有様です。そんな中でこの女はイエス様の頭から香油を注いでイエス様 を文字通りの「油注がれたもの」=「神から遣わされたメシヤ」として礼拝して いるのです。私たちもどんなときにもイエス様を救い主として礼拝することが必 要です。 それで、この出来事はイエス様をメシヤとして礼拝したこととして「世界中のど こででも、この福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この 人の記念となるでしょう」と極上のお褒めの言葉になっているのです。神様から も捨てられるという状況の中で、ひとり自分を理解し、十字架の前のひと時、一 緒に食事をしてくれる人が居てくれたということはイエス様にとってどれほど大 きな励ましになったかと思います。 祝福を祈ります。