今日の聖句 3月15日(火) わしが巣のひなを呼びさまし、そのひなの上を舞いかけり、翼を広げてこれを取 り、羽に載せて行くように。 申命記32:11 人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエ スにあって守ってくれます。 ピリピ4:7 ************************************* 今週のテーマ:キリストの死と生にあずかる きょうの聖書:ガラテヤ6:11-18 ガラテヤ人への手紙6章14節15節 しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決 してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけ られ、私も世界に対して十字架につけられたのです。割礼を受けているか受けて いないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です。 「イエスの焼き印」 ユダヤ教の割礼を強要している人たちは、信仰的な理由によるというよりも、人 を恐れ、迫害されたくないだけのことで無理やり割礼を受けさせようとしている のだとパウロは指摘しています。しかし、その行為が救い主の恵みを台無しにし てしまうものだとパウロは判断しています。 パウロはこのガラテヤ人への手紙の終わりで「私たちの主イエス・キリストの十 字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、 世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたので す。割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事な のは新しい創造です」と宣言しています。 これは、十字架によって贖われたという事は、人を恐れる生き方ではなく、キリ ストの赦しといのちに覆われて、何も怖がることなく生きられるようにされたの だという、パウロの教えです。割礼という掟の行ないはキリストの救いには関係 ないのです。キリスト教会の場合も、洗礼を受けるか受けないかは救いには直接 関係しません。キリストを信じた人が救われるのです。 17節に「イエスの焼き印」という言葉が出てきていますが、これはキリストに 所属させられた、キリストに所有されている存在だという意味です。自分はキリ ストにとらえられ、所属させられているのだから、そのお方のなさったことだけ を信頼すれば十分なのだというわけです。これは割礼を大きくしのぐ確かな証し です。私たちが心の中で神様の愛に感じて感謝ができたらそれこそ最高の恵みで す。神様から愛されているという確信こそイエスの焼き印なのです。 祝福を祈ります。