今日の聖句 6月15日(月) 主は・・・ご自分の民へのそしりを全地の上から除かれる。 イザヤ25:8 この世の取るに足りない者や見下されている者を神は選ばれました。すなわち、 有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。 1コリ1:28 ************************************* 今週のテーマ:主の道を歩む きょうの聖書:詩篇103:11-22 詩篇103篇11節〜14節 天が地上はるかに高いように、御恵みは、主を恐れる者の上に大きい。東が西か ら遠く離れているように、私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される。父が その子をあわれむように、主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。主は、私た ちの成り立ちを知り、私たちがちりにすぎないことを心に留めておられる。 「チリにも劣る私」 主の道を歩む私たちが最も大切にすべきことは、神様から愛されていることを知 り、神様が私たちに与えてくださる愛と恵を感謝して受け取ることです。聖書が 私たちに語りかけるメッセージの第一は、神様は御子イエス・キリストを私たち に与えるほどに私たちを愛しているということです。 私たちがよいクリスチャンであるから神様が私たちを愛すと言うことではなく、 神様は私たちがチリに過ぎないことをご存知の上で私たちを愛していてくださる のです。チリよりも小さいものは無く、チリは何の役にも立たないもの、チリと りで集められて捨てられるだけのものです。 もしかすると、私たちに欠けているものは、自分がチリにも劣るものであること に気づいていないことかも知れません。他の人から自分の未熟さを指摘されると 腹が立つばかりですが、その指摘が神様からの指摘であると受け止めることがで きたら、そんなときに、今まで気づかなかった神様の大きな愛と恵を感謝と喜び で受け止められるのだと思います。 昔「他人の悪口を言うなら、脳細胞は耳かき一杯もあれば十分だ」と言い放った 人がいました。他人の欠点はいくらでも指摘できるのです。自分の欠点、自分の 弱点、自分の罪、そういう自分のマイナス面に光を当てて私たちを成長させてく ださる御方が私たちの救い主、イエス・キリストなのです。もしかすると今日も 私たちを激しくののしる人がいるかも知れません。それは私たちが成長する絶好 のチャンスが来たということです。 祝福を祈ります。