今日の聖句 10月5日(日) 私なら、神に尋ね、私のことを神に訴えよう。 神は大いなる事をなして測り知れず、その奇しいみわざは数えきれない。 ヨブ5:8-9 弟子たちはイエスのみもとに来て、イエスを起こして言った。「主よ。助けてく ださい。私たちはおぼれそうです。」イエスは言われた。「なぜこわがるのか、 信仰の薄い者たちだ。」それから、起き上がって、風と湖をしかりつけられると 大なぎになった。 マタイ8:25-26 ************************************** 今週のテーマ:思慮深くあれ きょうの聖書:テトス2:1-8 テトスへの手紙2章1節2節6節 あなたは健全な教えにふさわしいことを話しなさい。老人たちには、自制し、謹 厳で、慎み深くし、信仰と愛と忍耐とにおいて健全であるように。若い人々には 思慮深くあるように勧めなさい。 「思慮深くあれ」 何時の時代、何処の世界でも手堅く生きることはとても大事です。一般社会の生 活でも、最も基本になるのが言葉遣いです。「です。ます。」をハッキリ発音す ることが教育されています。服装と態度は常に厳正にすることも必要です。言葉 や服装と態度がくずれると人生がくずれていく恐れがあります。 信仰生活の中では、自制、慎み、そして信仰と愛と忍耐が保たれなければならな いと教えられています。基本に忠実であること、基本をしっかり守って生きてい くことが重要です。それは、本来ならどうあるべきか、イエス様ならどうしただ ろうかと考えて行動していくということです。 私たちの生活の中には「失敗」が沢山あります。失敗の中には罪もあり、損もあ り、友を失うということもあり、家族を絶望させるということもあります。私た ちが物事をよく考えずに、自分の気持ちを優先して、信仰と愛と忍耐を置き去り にすることが失敗のもとです。 私は、日々の生活の中で「ああ、どうしよう」と迷うことがとても多かったので すが、ある時から、本来ならばどうするべきか、と考えるようになってから迷う ことが少なくなりました。本来の在り方を実行すると、自分が損をしたり、自分 の顔がつぶれるような恐れを感じたりしたのですが、自分の対面などより、人間 としての本来の在り方の方がはるかに大事だと気づいたからです。 祝福を祈ります。