今日の聖句 10月1日(水) わたしは、あなたのそむきの罪を雲のように、あなたの罪をかすみのようにぬぐ い去った。わたしに帰れ。わたしは、あなたを贖ったからだ。 イザヤ44:22 ********************************** 今週のテーマ:耐え忍ぶ きょうの聖書:ヨブ1:18-22 ヨブ記1章21節22節 「私は裸で母の胎から出て来た。また、裸で私はかしこに帰ろう。主は与え、主 は取られる。主の御名はほむべきかな。」ヨブはこのようになっても罪を犯さず 神に愚痴をこぼさなかった。 「ヨブの試練」 ヨブは敵の攻撃を受けて、一瞬にして子ども全員と全財産を失うという試練に遭 いました。3.11のことや、つい先日の広島の災害のことが思い出されます。 ヨブが被った災難はいつでも誰にてでも起こりうることだと感じます。災害に対 しては政府も地方自治体も相当に対策を考えているようですが、大自然の力には 抗えないのかもしれません。 ヨブに残されたものは自分の身体だけでした。生まれたままの素っ裸の姿に戻さ れてしまったのです。その中で語られた「主は与え、主は取られる。主の御名は ほむべきかな」という言葉はとても迫力があります。ヨブ記の記者はこの様子を 「ヨブはこのようになっても罪を犯さず、神に愚痴をこぼさなかった」と言い表 しています。敵であるサタンの負けです。 愚痴が出ても仕方のない場面だと思います。ところが、死に直面しているヨブの 口をついて出てきた言葉は創造主への賛美だったのです。創造主を高く見上げて いること、創造主の主権の下に自分の身を置くことが試練を乗り越える最善の方 法であると教えられます。神様が良いものをくださるから従うのではなく、神様 が神様であるから崇めるという姿勢が素晴らしく現わされています。 自分の意思や希望に反して、長年の努力と犠牲の上に立てあげてきた自分の人生 が一瞬にして崩壊してしまうということは耐え難いことです。普通なら涙を流し て泣きわめく以外に何もできないことです。でもこれはヨブにとっては忍耐の始 まりだったのです。ヨブの苦悩はここから始まるのです。ヨブも私たちも神様に 憐れみを求め、神様の愛に生かされて生きていく意外に道はないのです。 祝福を祈ります。