今日の聖句8月30日(土) ダビデはペリシテ人に言った。「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、私に 向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御 名によって、おまえに立ち向かうのだ。 1サムエル17:45 私たちはそのために労し、また苦心しているのです。それは、すべての人々、こ とに信じる人々の救い主である、生ける神に望みを置いているからです。 1テモテ4:10 ************************************* 今週のテーマ:必ずいます神 きょうの聖書:詩篇121-1-8 詩篇121篇1節2節3節 私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。 私の助けは、天地を造られた主から来る。 主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない。 「私の助け」 古代イスラエルには、一年に三度エルサレム神殿へ巡礼する習慣がありました。 徒歩で山坂を超える往復200qを越える場合もある旅は野獣の攻撃や追いはぎ 等の危険を伴い、疲れや眠気との戦いもある厳しいものでした。巡礼者は集団に なって旅を続けますが、その旅路で歌ったのが、このような、都上りの歌と呼ば れている賛美歌でした。 信仰生活が続く中で、礼拝が惰性的になってしまう場合もありますが、神様の愛 と恵みの中で、喜びと希望の源泉として継続されていく場合もあります。この詩 篇の作者にとっては、エルサレム神殿で信仰仲間と一緒に礼拝を捧げることは大 きな喜びだったのです。 天と地の創造者である神様の、全能の力によって守られている、という安心感は 何物にも変えられない大きな宝です。この神様は眠ることもまどろむこともなく 私たちを見守り続け、保護し続けていてくださいます。主はすべての災いから私 たちを守り、私たちのいのちを守ってくださるのです。これを妨げられるものは 一切ありません。 サタンは私たちの心と信仰を萎縮させようとし、私たちの礼拝を形式だけのもの にさせようとします。しかし、キリストは私たちの心を燃え上がらせて信仰心を かき立て「私の助けは、天地を造られた主から来る」と叫ばせてくださいます。 今日も能動的で積極的な信仰と礼拝を捧げる一日とさせていただきたいと思いま す。 祝福を祈ります。