今日の聖句 4月28日(日) もしかすると、神が思い直してあわれみ、その燃える怒りをおさめ、私たちは滅 びないですむかもしれない。 ヨナ3:9 神は、私たちが御怒りに会うようにお定めになったのではなく、主イエス・キリ ストにあって救いを得るようにお定めになったからです。 1テサロニケ5:9 ************************************* 今週のテーマ:よみがえりの主に出会う きょうの聖書:詩篇110:1-7 詩篇110篇1節 【主】は、私の主に仰せられる。「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするま では、わたしの右の座に着いていよ。」 「よみがえりの主」 【主】とは御父のことです。「私の主」とはキリストのことです。ダビデは御父 と御子とを知っていました。それは造り主である父なる神様と、救い主であるメ シヤ=キリストのことです。そして、ダビデに御父と御子を示したのが御霊の神 様です。父と子と聖霊は永遠の昔から一体の神様として臨在しているのです。 イエス・キリストは十字架で死に、そして、よみがえりました。ダビデが「私の 主」と呼んだように、私たちクリスチャンもイエス・キリストを「私の主」とお 呼びしています。キリストは永遠の昔から救い主であり、今も、そして永遠の未 来においても愛の光を輝かす救い主なのです。 御父は、御子の十字架と復活によって、御子の敵である悪魔を完全に討ち滅ぼし ました。戦いに勝った将軍が、戦いにに敗れた敵の将軍を軍靴で踏みつけるよう に、イエス・キリストは悪魔を踏みつけにしたのです。ダビデの時代に優って、 今はよみがえったキリストが恵みによって世界を支配する時代なのです。 イエス様は過去の「世界の四聖人」に数えられるような聖人ではなく、今、まさ に、生きて働いている神様ご自身なのです。礼拝で或いは個人ディボーションの 中で、イエス様は私たちに現れてくださいます。そして、愛をもって語りかけ、 私たちの心を信仰と希望と愛で満たしてくださる御方です。 祝福を祈ります。