今日の聖句 3月16日(土) 彼がわたしの民のそむきの罪のために打たれ、生ける者の地から絶たれた・・。 イザヤ53:8 キリストは、必ず、そのような苦しみを受けて、それから、彼の栄光にはいるは ずではなかったのですか。」 ルカ24:26 ************************************* 今週のテーマ:耐え忍ぶ きょうの聖書:黙示録2:1-7 ヨハネの黙示録2章4節5節 あなたには非難すべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。それ で、あなたは、どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて、初めの行ないをしな さい。もしそうでなく、悔い改めることをしないならば、わたしは、あなたのと ころに行って、あなたの燭台をその置かれた所から取りはずしてしまおう。 「日々新しく」 エペソ教会はトルコ半島の西端にあり、エーゲ海に臨む大都市にありました。 エペソの町の主な産業はアルテミス神殿の女神像生産することだったと言われて います。偶像に満ちた環境の中でエペソ教会は良く耐え忍びましたが、年月を経 る中でキリストへの愛が薄れて行ってしまったのです。 罪の赦しを得てクリスチャンになったとき私たちの心はキリストへの愛で燃えて います。教会が設立され、或いは礼拝堂が建築された当初は、皆、愛と喜びに満 たされています。しかし、信仰の年月が進み、親世代が退き、2代目、3代目と 移り変わっていく中で、信仰が曖昧になりキリストへの愛があせてくるというこ とはどこの教会にもあることです。 罪の赦しと、たましいのきよめという信仰の経験を、日々、刷新していくことが 必要です。エペソ教会は傲慢になったと批判されている面があります。私は立派 なクリスチャンだと思うことや、私の教会はトップレベルだなどと思うことは慎 むべきことです。 謙遜と従順を求めてキリストに祈り続けている姿こそ、この世の中に対して光り となり、燭台としての働きを保てるというものです。教会は外に向かって大胆に 十字架と復活を証言し、内に向かっては信仰のきよめを求め続けて、日々、新し くされていかなければならないのです。 祝福を祈ります。