ブリーダーや業者は結局悪者なのか

書評:『米が育てたオオクワガタ』

山口 進著  岩崎書店 


『米が育てたオオクワガタ』


 

  この本は、どちらかというと、大人向けではなく、10代の青少年向きに書かれていると思いますが、それはスタイルというか形式の問題(文字が大きい、難しい漢字が使われていない、漢字にふりがながついている等)だけであって、内容については大人にも対象が広がってい ます。

 今では誰でも知っていることですが、オオクワガタは里山と呼ばれる人の手が加えられて管理されている雑木林に生息しています。人がまだ農耕生活をしていなかった頃には、それほど数も多くなく、ほどほど平和に生活していたものと 考えられます。

 時が経ち、人の生活様式が変化し始め、狩猟中心の生活から農耕中心の生活に、徐々に変化して来ました。農耕と言っても、稲作や野菜作りなど、様々な食料があると 想像できますが、なかでも米を中心とする稲作は、基本中の基本であったように思われます。

 稲作が軌道に乗ると、次に考えることは、よりたくさんの収穫を得るための方法になるのは、智恵のある人間としては至極当たり前の成り行きでしょう。

 少なくとも山梨県のある地方では、何時の頃からは分かりませんが、稲作作りの肥料作りのひとつとして、クヌギの木の細い枝や若い葉を利用することを、思いついたようです。そして、その方法が定着してくると、いかにして 、より多く簡単にクヌギの木から細い枝や若い葉を採取するかという問題に直面したと考えられます。

 そこで、誰か頭の良い人がクヌギの特徴をうまく利用して、木が大きく育たないうちに、細い枝と若い葉を刈り取って、稲作の肥料に利用するように思いついたの ではないでしょうか。皆さんもご承知のように、クヌギの木は切っても切っても、毎年若い芽がたくさん出て育つ、生命力の強い木です。この作業を繰り返して行くうちに、いつの間にか台場、又は台木とよばれる、 幹が太くて背の低いクヌギが、山梨県だけでなく、日本の各地で出来上がって行ったのでしょう。

 あとは皆さんの方がお詳しいので省略しますが、台場クヌギはオオクワガタにとって、格好の住み処となり、それまでよりも格段に生息数が増えたものと思われます。

 しかし、今では稲作の形態も進歩し、クヌギの細い枝や若い葉等を肥料として用いなくとも、もっと効率の良い有機肥料、あるいは化学肥料によって、お米が作られるようになりました。そうすると、必然的に肥料の供給元であった台場クヌギの必要性は無くなって来ます。役目を終えた台場クヌギは 、手間がかかるため伐採されることなく放置され、オオクワガタはこれまで通り、繁殖を繰り返しながら生息を続けていたと思われます。

 今は下火になりましたが、来るべくしてオオクワガタの採集、飼育ブームが到来し、生息地であった各地の台場クヌギは、採集者であふれかえり、生息数は激減しました。中でもオオクワガタを採集し、増やして売るビジネスが一時的に成功したため、ブリーダーと呼ばれるプロの業者が増えたことが、オオクワガタが里山からいなくなってしまったと嘆いておられるのが、 著者が本著で訴えたい本質であると感じました。

 前置きが大変長くなり恐縮ですが、果たして野外のオオクワガタがいなくなってしまったのは、アマチュアの採集者や、特にビジネスを目的としているプロの業者のせいだけでしょうか。

 もちろん、私はそうは思いません。台場クヌギが点在している場所というのは、里山と呼ばれる人里からすぐ近くにある、地形の比較的なだらかなところです。このような場所は、オオクワガタのブームが起きる前からスキー場やゴルフ場、新興住宅地として開発され、それこそ風景が変わるほど根こそぎ台場クヌギを切り倒して廃棄してしまいました。 

 累代飼育された方はよくご存じだと思いますが、オオクワガタの繁殖力は旺盛で、等比級数的に増え出すと、数年で何百頭を超えるぐらいになっても不思議ではないと思います。だから、数頭でも生き残っていれば、数年も経つと元通りに 現状回復して行く可能性が十分にあると思うのですが、生息場所がなくなってしまった場合は、どうしようもありません。ただの机上の空論に終わるだけです。

 そのことを書かずして、一方的にブリーダー等のプロの業者を悪者扱いするのは、筋が通らないのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

 クワガタ採集と飼育販売というビジネスを認めないのであれば、それで生活している人は、どうすればよいのでしょうか。何か他に変わる仕事を与えてもらえるならばそれも良いかも知れませんが、単に野外からオオクワガタがいなくなることがイヤでそのように考えるなら、 少々無責任な考え方だとしか、私には思えません。

 最初にも記載しましたが、この本はどちらかというと、大人向けではなく、10代の青少年向きに書かれていると思います。ならば、もう少し広い視野でもって、 個人的な主観が中心となった自然の見方を教えるのでなく、現実を正直に伝えるべきであると思います。

 幸い、今の小さな子供たちは、昆虫などにあまり興味を示さないので、もっぱら採集や飼育をしている私のような40〜50才台の人間がいなくなれば、台場クヌギが残る限り、野外のオオクワガタはまた 昔のように復活するだろうと考えています。ただし、観光開発、宅地開発等で生息地が無くならなければの話ではありますが。

 以上です。

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 著者略歴: 山口 進む(やまぐち すすむ) 昆虫写真家、自然ジャーナリスト
1948年、三重県生まれ。
著書: 『五麗蝶譜』、『クワガタムシ』、『砂漠の虫の水さがし』、『オオムラサキの四季』、『クロクサアリのひみつ』など


 


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