リグニンについて考察する

書評:『木材の秘密 リグニンの不思議な世界』

榊原 彰 著   ダイヤモンド社 


『木材の秘密 リグニンの不思議な世界』


 この書物が書かれたのは、昭和58年とかなり昔のことになりますが、木材全般について非常に解り易く書かれており、古典的名著だと思います。サブタイトルは「リグニンの不思議な世界」とあるように、特にリグニンについても詳しく書かれております。

 すでに皆さんもご存じのように、木材の化学成分はセルロース、ヘミセルロース、リグニンと言う天然高分子で構成されています。そのうち、セルロースとヘミセルロースは、木材の70〜80%を占めており、パルプ(いわゆる紙)の原料として以前より数多く研究されて来ましたが、残りの20〜30%を占めるリグニンについては、廃棄物としてほとんど河川や海に捨てられていました。ただ、最近は環境規制が厳しくなり、そのまま投棄することはできず、焼却処分しているそうです。

 このように、リグニンは植物にとってなくてはならぬ構成成分となっていますが、人間の日常生活にとっては不必要なものとして扱われています。そして、クワガタムシの幼虫にとっても、不要な成分として存在しています。

 そこで、食材性昆虫であるクワガタムシの幼虫を短期間で効率よく育てるには、この不要なリグニンをできるだけ取り除き、グルコースの原材料となるセルロースだけにしてしまうのが、良いのではないかと考えておりましたが、リグニンは非常に強固な高分子であって、容易には分解することができないのも事実でした。しかし、その厄介者のリグニンを効率よく分解してくれる生物が存在しており、それこそ木材腐朽菌と呼ばれる、いわゆるキノコだったのです。中でも、カワラタケ、ヒラタケ、シイタケ等は、その代表格であり一般的にもよく知られています。この木材腐朽菌によってリグニンが分解されると、木材は白色に見え柔らかくなります。そのため、前記の木材腐朽菌は、特に白色腐朽菌とも呼ばれています。

 クワガタムシの幼虫を飼育されたことならよく御存じだと思いますが、産卵木や菌糸ビン等は、まさに白色腐朽菌によってリグニンが分解除去されたものなのです。
このように、クワガタムシの幼虫と白色腐朽菌は切っても切れない仲にあり、共存していると言うよりは、幼虫が一方的に腐朽菌を利用しているのが実態です。そういう意味では、これまで続けて来た発酵マットによる飼育は、リグニンを分解する手段としてはあまり意味がなかったのだということを、ようやく理解することができました。もし、マットによって幼虫を大きくするには、未発酵の微粒子マットを使用する方法も、選択肢として残っているとは思いますが、短期間で成長を促すのは非常に難しいと思われます。

 結論として、クワガタムシの幼虫を短期間で成長させるもっとも効率の良い方法は、菌糸ビン飼育であると思います。また、時間をかけても良いのであれば、質の良い産卵木(この場合は飼育木)で幼虫を育てるのも自然状態に近い方法として、大型個体を羽化させることができる可能性が十分あると思います。

 これまで、クワガタムシの幼虫を如何に短期間で大きく育てられるかについて、木材やキノコの勉強をしながら考察してきましたが、そろそろ自分なりの最終結論が出たように思いましたので、この分野の書評はそろそろ終了したいと思います。

以上です。
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 著者略歴 : 榊原 彰 (さかきばら あきら) 北海道大学農学部教授
          リグニンの化学構造と利用の研究に従事


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