《 自然の目を開いてみよう! 》

書評:『里山の少年』

 
今森光彦 著       新潮社

『里山の少年』 


 私の住んでいる大阪は、無差別な宅地開発や、気違いじみたゴルフ場開発のおかげで、昆虫が生息する雑木林が本当に少なくなってしまいました。
オオクワガタが生息する能勢地方もご多分に漏れず、国土地理院発行の2万5千分の一地形図一枚の中に、20以上のゴルフ場が乱立しているのが現状です。
里山と呼ばれるようになった雑木林は、その緩やかな起伏がゴルフ場の立地条件にぴったりだったのでしょう。不幸なことだと思います。

 しかしながら、少なくなったとは言え、まだまだ探せば残っているもので、自動車で1時間ほど走れば、開発の波から逃れた里山が、各地に点在しています。
私はもっぱら地理的条件のよい奈良方面へ出かけることが多く、季節を問わず一ヶ月に一度は家族連れで遊びに行きますが、最初のころは昆虫採集が主体であったにも関わらず、この頃はそこに行くこと自体が、目的となりつつあります。

 そういえば、遠い記憶の彼方に去ったクワガタ飼育に再び目覚めるまで、わざわざ里山に出かけることなど、考えもしませんでした。
もう少し年を取り、侘び寂びの世界がわかるようになれば、静寂な世界を求めて、自ら出向くようになるのかも知れませんが、少なくとも周囲の人々を見る限り、昆虫採集を目的とする以外の人が里山に出向くことなど、聞いたことがありません。
このように、いわば現代人にとって、忘れ去られつつあるのが里山の実体であり、現実でもあるのかも知れません。

 いつ頃からこのような風潮になったのか、改めて考えてみると、やはり日本が高度経済成長の波に乗り、効率を追求するようになった頃からなのでしょう。
しからば、その効率を追求した結果、何が残ったと言うのでしょうか?
生活に必要な物品は選択に迷うほど充実し、使い切れずに捨てられて行くものであふれ返っている現実を目の当たりにする昨今、ムダ使いすることで成り立っている、物質中心の現代社会の貧弱さを感じざるを得ません。
あらゆるものに限界があるのは紛れもない事実であり、限りない成長など幻想にすぎないと思うのですが、現実を直視せず、いたずらに問題を先送りしてきた結果、環境破壊というツケが回ってきて、いよいよ避けようのない壁に突き当たった感じがします。

 しかしながら、すべてが行き詰まった訳ではなく、道は開けると思いたいものです。
このような、四面楚歌の状況だからこそ、今までの過程を省みて、自分たちの将来を真剣に考えることができるの良い機会なのではないでしょうか?
昆虫採集をしたものでないと、自然保護の大切さが理解しにくいのと同じです。
人それぞれ、考え方が異なると思いますが、進歩することが必ずしもプラスになるとは限らず、時には自然環境と共存しながら現状を維持することも、ある意味で大切な一歩であると私は信じています。

 『里山の少年』を書かれた今森光彦さんは、身近な自然を撮り続ける写真家で、『今森光彦・昆虫記』など素晴らしい写真集を出されておられる方です。
現在は、滋賀県の大津市にアトリエ兼住居を構えられ、より身近に自然を感じながら、里山を通じて現実と向き合う生活を送られています。

 この本を読んでみて、わざとらしい虚飾などがいっさいない、自分の目で見た自然をありのままに、かつ暖かい心で包み込んでいく、著者の誠実さが随所ににじみ出ているような印象を受けました。
カブトムシの住む雑木林の話を小学生の頃読んでいれば、いくらでも捕まえることが出来たのにと、今更ながら残念に思ってしまうあたり、おおよそ作者の意図とはかけ離れたところで感心してしまったりして、恥ずかしく感じたほどです

 読んで初めて知ったことなのですが、台場クヌギのことを滋賀県地方では、稲木(いなぎ)と読んでいるそうで、農作業にはかかせない必需品だったようです。
そういう意味では、台場クヌギに住むオオクワガタは、人間が人工的に作り上げた自然環境にうまく適応して生き延びてきた、たくましい種でもあるわけです。
雑木林自体もそうですが、人が手を加えないでいることが、自然環境の保護になるとは言えないことを示す貴重な事実かも知れません。

 また、ほんとかどうか定かではありませんが、クヌギは昔から『苦をぬぐう木』と言う意味から、そう呼ばれるようになったそうです。
今でこそ、クヌギの木はシイタケのホダ木以外に使用されなくなりつつありますが、昔は炭の原料として非常に重要な資源だったことは、学校でも学んだように思います。
堅くて良い炭になる上に早く成長し、スギやヒノキのように、切っても最初から植え直さないで済むので、世話が楽なのがその理由らしいのですが、なるほどと思うと同時に、改めてクヌギが現代社会と切り離されてしまった理由を再認識しました。

 里山と呼ばれるようになった雑木林や、そこに生息する昆虫は、人が農耕生活をするようになって繁栄し、生活習慣が変化することによって、衰退してゆく時代の生き証人でもあることを、この本を読んで行くうちに実感しました。
最近では、全国各地で里山を守る運動が起こってきていますが、いたずらに自然保護を訴えるのでなく、自分たちの生活習慣を見直すことから始めなくてはならないものだと感じた次第です。興味ある方は、是非一度読んで見てください。


 

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