人はなぜ虫を集めるか

書評:『どくとるマンボウ昆虫記』

北 杜夫著  新潮文庫


『どくとるマンボウ昆虫記』


 
  中学一年生の頃なので、1973年だったと思います。国語の先生が授業中に読書の楽しみについてお話をされ、その時に紹介された本のひとつに「どくとるマンボウ航海記」がありました。

 もともと国語は好きな課目でなく、小学生の頃も夏休みの宿題で読書感想文を提出しなければならない時は、本当に困り果てました。いつも、休みが終わる頃、あわてて図書館へ行き、江戸川乱歩の怪人二十面相シリーズなどを借りて来て、何とか感想文を書くような日々を送っておりました。

 きっと、国語の先生のお話が上手だったのでしょう。何を思ったのか、一人で本屋へ行き、「どくとるマンボウ航海記」を買ってきて読んでみたのを思い出します。

 内容は忘れてしまいましたが、どくとるマンボウこと北杜夫さんが、水産庁のマグロ調査船の船医として乗り込み、半年余りに渡る航海の様子が書かれた長編エッセイだったと思います。

 それは、中学一年生の私には、本当に新鮮な書物でした。ユーモアにあふれた文体、それでありながら、まるで自分が船に乗って航海しているような気分にさせてくれるリアルさも兼ね持った、素晴らしい内容の本でした。

 それ以来、私は北杜夫さんの本を、片っ端から読みあさりました。ただ、「
夜と霧の隅で」、や「楡家の人びと」、「幽霊」のような純文学作品は手応えがありすぎて、なかなか最後まで読み通すことができず、どうしてもどくとるマンボウシリーズが中心になってしまいました。

 「どくとるマンボウ昆虫記」(少年時代からの昆虫趣味をベースにした随筆)については当時私がそれほど虫好きではなかったので、強い印象を受けた訳ではありませんでした。しかし、学校の国語の教科書には出てこない言葉の言い回しや表現力の豊かさ、自分の気持ちをストレートに出さずに、それでいて言いたいことは伝えると言った、今まで見たことがない表現方法に感動したことを覚えています。

 小さい頃は昆虫少年であったとは言え、その記憶力の良さと造詣の深さには驚くべきものを感じます。東北大学医学部を卒業し、精神科の医師となったにもかかわらず、作家として生きて行く道を目指し、今日のような大作家になられた北杜夫さんは、どう見ても天才だったのだと、つくづく感じます。

 残念ながら、2011年10月にお亡くなりになられましたが、北杜夫文学は、これからも後世に語り継がれて行くと思います。

 北杜夫さんが逝去された後に出されたエッセイ集「見知らぬ国へ」(新潮社)では、「どくとるマンボウ昆虫記」について、ご本人が次のように回想されております。

 この「昆虫記」は愉しみながら書いた。ただ、ここに述べられている知識は、ほとんどが戦前のものである。戦後、我が国の昆虫学、なかんずくその生態研究は急速に進歩した。このことは、私の「昆虫記」の乱学が古いことを意味すると同時に、また、逆に或る意味で昔のよい時代をも表していると私は妄想もしている。

 このささやかな書物は、私にとって懐かしい本だ。今の人々にはもっと良いものが書けるだろう。しかし、私の書いた時代に於いて、これはエンターテインメントとして自分自身でわりに気に入っているものである。

 ぜひ、皆さんも「どくとるマンボウ昆虫記」を手にとって眺めてみてください。新しい発見があるかも知れません。
 


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