虫好きな二人の天才による夢のコラボ

書評:『コミック版 どくとるマンボウ昆虫記』

北杜夫:原作  手塚プロダクション・小林準治:画  小学館クリエイティブ


『コミック版 どくとるマンボウ昆虫記』


 
 既に、『どくとるマンボウ昆虫記』については、以前ご紹介させていただいたので、もしかしたらお読みになられた方がいらっしゃるかも知れませんが、この『コミック版 どくとるマンボウ昆虫記』は、その中から特に印象に残ったエピソードを抜き出し、マンガ化されたものです。

 なので、原作を読まれた方は、あの優雅な文章がどのようにマンガ化されているのかを楽しみながら読むことができますし、読まれていない方も、このマンガを通じて北杜夫の素晴らしい世界に触れることができると思います。

 これから読まれる方のためにも、内容について詳細は記しませんけれども、特に印象に残ったところは、北杜夫さんが旧制松本高校(今の信州大学)に入学し、寮生活を送っていた頃の日常生活を描いてある風景です。

 当時はどこも衛生状態が悪かったのだと想像されますが、寮ではノミとシラミに悩まされていたようです。今では、誰しもシラミなど見たこともないと思います。私も一度も見たことがありません。しかしながら、シラミが害虫であるとともに、その形態をしらなくてもおぞましい生き物であることは容易に想像がつきます。

 しかし、北杜夫さんは少し違いました。成虫は見ただけでも身の毛がよだつほど気持ち悪いにも関わらず、シラミの卵は美しいと感じるそうで、「整然と無数に並び真珠色の光沢をおび、思わず吐息をつかさせる」とのことでした。その表現は、文章で読むよりもマンガを見る方が、よりリアルで生々しく感じます。

 また、小さい頃からこつこつと集めた数十にも及ぶ標本箱を、空襲(太平洋戦争)で自宅もろとも消失してしまい、焼け野原にたたずむ当時高校生の北杜夫(正確には斉藤宗吉)さんの姿は、読んでいて本当に悲しくなりました。

 私は小さい頃から親に「マンガを読むな」と言われて育ちましたので、余りマンガには興味はないのですが、マンガでしか伝えられない情報もあることに気付かされます。本を読むのは苦手な方でも、コミックならば何とか読み通すことができるのではないでしょうか。

  このコミックを読んで、北杜夫さんと手塚治虫さんが1977年に対談していたことを初めて知りました。しかも、約束の時間を2時間も遅刻し、手塚治虫さんが北杜夫さんを2時間も待たせたそうです。養老孟司東京大学名誉教授も解説で、一目見たかったと残念がっておられますが、それにしても、実にすごい組み合せだと思います。

 手塚治虫さんは、「北杜夫さんの文章には一種の上品さがある」と語っておられますが、まさにその通りだと思います。その理由を手塚治虫さんは、東京の青山で生まれ育った事によるものだろうと解説されています。やはり、育ちは争えないようですね。

 クワガタムシの飼育管理で本を読む暇がない方にもお薦めです。シラミのことを書いても、どこか品のある表現になる北杜夫さんの素晴らしい世界を、手塚プロダクションの小林準治さんが描く、こちらも手塚プロらしい、どこか手塚治虫さんの伝統を受け継いでいる気品のあるマンガで味わって見てください。

 


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