《 クワガタムシ幼虫の好物を研究しよう! 》

〔その2〕

 

表紙

書評:『木を科学する』
    越島哲夫 著

        思文閣出版

 

  『木を科学する』   


 

 この本の著者である越島哲夫さんは、前回の『木のひみつ』と同様、京都大学木質科学研究所(当時は木材研究所)の名誉教授をされておられる方です。
基本的に本書の内容は、木材にもっとも多く含まれ、地球上に存在しながらも、有効利用されていないセルロースを、いかに社会に役立てることができるかという、きわめてまじめな問題を扱っている点で、実用的なクワガタ飼育法に直結するものではありません。

 よって、読んだからと言って、役に立つかどうかはなはだ疑問ですが、幼虫の生態を知る上で必要となる基礎的な知識を得るには格好の書だと思います。
クワガタ飼育に限らず、何事も科学的にある程度掘り下げないと、新しいことが見えてこないと思うと同時に、机上の理論を追求するだけでなく、フィールドワークを通じて得られるものが重要だと思われます。
そのような意味で、クワガタ飼育を通じて自然に対する見方や考え方が変われば、本書を紹介した甲斐があると言うものです。

 さて本題に入りますが、前回の『木のひみつ』では、クワガタムシの幼虫が、木材の細胞壁を構成するセルロースを、木材腐朽菌と呼ばれるキノコによって、グルコース(ブドウ糖)やオリゴ糖のような低糖類に分解したものを利用して、栄養を吸収している過程を、ある程度明らかにできたように思います。
ではセルロースをどのようにしたら、もっとも効率的に分解することが可能になるのでしょう。

 セルロースは、生きた植物の細胞壁の中では、リグニンとヘミセルロースによって強固に固定され、リグノセルロースという状態で存在しています。セルロースを取り出すには、まずリグノセルロースを分離する必要がありますが、この方法は、木材からパルプを生産する手段として、従来より技術が確立されており、化学的に処理するクラフト法やサルファイト法、機械的に処理するメカニカルパルプ法、あるいはその組み合わせなど、幾通りもの方法が存在し、本書にもその方法が詳しく解説されていますので、ここでは省略致します。

 上記の方法によって、リグニンとセルロースが分離された後、セルロースを分解するためには、一般的にセルラーゼと言う分解酵素が必要となりますが、酵素が働きやすい状態にするため、前処理的な手段として、マイクロ波の照射や機械的に細かく粉砕する方法等が考え出されております。
実際に、木材をチップ状に砕いて電子レンジで加熱する実験が、本書で詳細に記述されており、非常に興味深い結果が導き出されていますが、この程度の実験ですと、やる気になればいつでも家庭で検証することができそうです。ちなみに、上記の実験で用いられる木材は、木材腐朽菌によって腐朽したものではなく、いわゆる生木の状態にあるのは言うまでもありません。

 しかしながら、このように化学的、機械的な方法に頼らず、リグノセルロースやセルロースを分解して行くには、キノコの力を借りるのが適していると、最近は考えられているようです。
先ほどのパルプ生産にも、この木材腐朽菌によるバイオパルピングという方法が取り入れられ、最近ではこの方法と、先程の化学的処理を利用した、バイオケミカルパルピングという手法も、実用化されているようです。
余談ですが、この方法には特許が各社から出願され、従来の製紙メーカーでなく、たとえば神戸製鋼所など、異業種からの参入も活発に行われているのが現状です。
このように木材腐朽菌を用いると、リグノセルロースやセルロースを簡単に分解できるということは、科学的にも解明されているわけです。
キノコの持つ恐るべき力には驚かされるばかりです。形状を変化させることなく、いつの間にか木材を分解して行くわけですね!

 さて、これまで明らかになった事実より推測すれば、キノコの成長を促進することが、効率よくセルロースを分解する近道であるように考えられそうですが、具体的にはいったいどのような方法があるのでしょう?
この本によると、シイタケ菌やエノキ、ヒラタケ菌の成長を促進させる方法について、種々の実験および結果が報告されてあり、非常に興味深くかつ意外な事実が報告されております。もしかしてこれは、マット飼育や菌糸ビン作成の際に用いられる添加物の解答を与えてくれているかも知れませんし、そのヒントであるかも知れません。

 ところで、マットを発酵させることによって生じる効果と、キノコの菌糸を成長させることによって得られる菌床飼育の効果とは、どのようなつながりがあるのでしょう。
どちらも幼虫の成長を早めるとされていますが、セルロースの分解を促進することに変わりはないと考えられます。

 私見ですが、マットを発酵させると称して、小麦粉などのタンパク質成分を多く含んだものを添加する事例をよく耳にします。しかし、あれはマットの中に存在する微生物に食料を与えているだけであって、クワガタの幼虫そのものが、直接利用しているわけではないと思います。
クワガタの幼虫は、草食動物のようにセルロースを分解し、低分子化した糖類を体内に取り込み、そこからタンパク質を再合成して成長していると考えられるのですが、どう思われるでしょう?

 また、同じ飼育方法を続け、2〜3代目になると大型個体が生まれやすくなるとも聞いたことがあります。
これは、幼虫の体内にいる微生物は、常にセルロース分解とタンパク質再合成に最大のパフォーマンスを得られるように、環境とともに変化し続けていると考えるならば、非常によく付合すると思われます。

何となく、問題解決の糸口が見つかって来たように思いますが、いかがでしょうか!
これ以外にも、まだまだ秘密が隠されていることは明らかですよね!
ぜひ、皆さんも、ご一読されることをお勧めいたします。

 


 

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