哲学の道


關雪の竝木 疏水に 映え


幽姿の白雲 石徑を覆ふ


哲人思索の跡を 偏に 巡れば


忽ち覺ゆ 我思ふ故に 我在りと















哲学の道 てつがくのみち  京都東山の山裾
を、北へと流れる疎水に沿って続く小道。哲学
者西田幾多郎らが散策、思索にふけったといわ
れ、この名がついた。春は、両岸の関雪桜が咲く
並木が続いている。


関雪 かんせつ  日本画家橋本関雪を指す。
 この桜並木は、関雪の夫人が寄贈して植えら
れた。


竝木 なみき


幽姿 いうし  優美な姿


白雲 はくうん  櫻花の別稱


石徑 せきけい  石路


哲人 てつじん  哲學者。ここでは西田幾多郎、
河上肇らを指す。


我思ふ故に我在り  われおもふゆゑに われあり
  フランスの哲學者デカルトの命題。「私は考へる、
 だから、私は存在する」という意味。

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