鹿鳴館跡          鹿鳴館跡



賓客 華やかなる 洋館に圓舞して


歐化の幻影に 醉ひたるは 幾年なりや 


模倣の象徴 露命に消えて


今日 館名 壁板に埋もるるばかり

                                                                          







                                                                                    

                                                                                                                                                                                                                                                                         鹿鳴館跡  (東京都千代田區内幸町)

鹿鳴館は、明治前期の歐化政策を象徴する建
造物であった。明治十四(一八八一)年着工
二年後の十一月二十八日開館した。内外の高
官・紳士・淑女の社交場として、連夜のよう
に夜會、舞踏會等が開催され、いわゆる鹿鳴
館時代と呼ばれる一時代を築いた。しかし、
その後、反歐化主義の臺頭、國民に不評等に
より、鹿鳴館は七年余で廢止された。今は、
大和生命本社脇、地下駐車場口の壁板に、館
名跡を示す小さな標識があるだけである。

鹿鳴館 ろくめいくわん

賓客 ひんかく  丁重に扱われる客

圓舞 えんぶ  圓い輪を作つて踊る舞踏

歐化 おうくわ  ヨーロッパ風にすること

今日 こんにち  
        

                                                                                                       


                                           

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