六角獄舍跡         六角獄舍跡


志士 三十餘 處刑せられ


獄舍 忽ち變ず 鮮血の海に 


國臣 達觀の辭世殘せども


殉難憂士に 唯 哀悼するばかり

                                                                          







                                                                                    

                                                                                                                                                                                                                                                                         京都市中京區因幡町

元治元年(一八六四)七月一九日、蛤御
門の變(禁門の變)の大火で、翌日火勢
がこの獄舍に迫ると、幕府は混亂による
脱走を恐れて收容している國事犯を斬殺
した。天誅組、生野義擧、池田屋事件等
の逮捕者計三三人が三時間がかり、五分
半に一人の割で斬られた。この時、斬ら
れた一人が尊攘派の指導者平野國臣(ひ
らのくにおみ)である。彼は、生野の亂
に擧兵し捕えられ、ここに收容されてい
たものである。國臣は、次の辭世を誦し
終ると、湛然として血の海に伏した。

憂國十年 東走西駈 
       成敗天に在リ 魂魄地に歸す

國臣 くにおみ  平野國臣。元福岡藩士、
尊皇攘夷運動に參加して脱藩、生野の亂
に擧兵し捕えられていた。

達觀 たつくわん   何事にも動じない
心境に致つていること。



                                                                                                       


                                           

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