大津宮跡        大津宮跡


壬申の大亂 宮を燒盡し


天智帝の都 忽ち廢絶せられたり
 

廢墟の柱穴を 今 凝視すれば


蘇るは 露命五年 幻の都

                                                                          







                                                                                    

                                                                                                                                                                                                                                                                            錦織遺跡  (大津市錦織)

天智天皇(てんじてんのう)の宮があっ
た遺跡で、民家の改築で發掘したところ、
巨大な柱穴七基が發見され、大津宮跡と
斷定された。天智天皇は、天智六年(六
六七)、飛鳥から近江に遷都、庚午年籍
(こうごねんじゃく)、官制の整備など
を行い、律令制國家の形成を進めた。し
かし、天皇死去の翌六七二年、壬申の亂
が起き、次の弘文天皇の敗死に及んで、
近江朝廷は終わり、大津宮は五年で廢絶
された。

壬申の亂 じんしんのらん  六七二年、天
智天皇の死去の皇位繼承をめぐる古代最大
の内亂。

燒盡 せうじん 燒きつくすこと

天智帝 てんぢてい  七世紀後期の天皇
        (在位六六八〜六七一)

柱穴 ちゆうけつ

蘇 よみがへ

露命 ろめい  露のようにはかない命

                                                                                                       


                                           

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