大鹽平八郎終焉の地    大鹽平八郎終焉の地



大鹽 饑餓無策に亂すれども


父子 自刃す 忽ち鎭壓せられて 


腐敗幕府を 搖さぶりたる人に告ぐ


無私 殉義に 深く敬仰すと

                                                                          







                                                                                    

                                                                                                                                                                                   大阪市西區靫本町 

大鹽平八郎は、いわゆる「大鹽平八郎の
亂」の主人公である。「大鹽平八郎の亂」
とは、天保八年(一八三七)、大坂町奉
行所の元與力で、陽明學者の大鹽平八郎
らが起した擧兵事件。前年の大饑餓は、
大坂市中にも大きな被害をもたらした。
大鹽平八郎は、自分の藏書一二〇〇册餘
を賣り拂い、窮民一萬戸に一朱ずつ施與
したり、町奉行所に度々建白したが、町
奉行所は有效な施策を講じなかった。遂
に、平八郎父子らは、天保八年二月、擧
兵したが、二度の戰鬪で鎭壓され、平八
郎父子は、この地で自刃した。天下の臺
所大坂で起り、首謀者が元幕府體制の支
配階級に屬する人物であったことに、幕
府は大きな衝撃を受けた。

大鹽 おほしほ

殉義 じゆんぎ  義のために身を投げ出
             すこと  

敬仰 けいぎやう  敬い尊ぶこと




                                                                                                    


                                           

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