第9回(2018/05/01)



           「昔の町人命拾い」~『幕末百話』(篠田鉱造著 岩波書店)より


『幕末百話』とは

   本書は、幕末維新の激變期(げきへんき)に生きた庶民が語る實話集(じつわしゅう)である。明治の半ば、新聞記者の著者が、幕末の古老の話を採集・編集したものだ。その中から特に面白い編を拔萃し、筆者の讀後感を記す。100年以上前の話にも拘らず、只今現在、目の前で肉聲を聞いているような臨場感と迫力がある。

「昔の町人命拾い」

 
  ◆本編の荒筋 

      幕末、街中で、一人の町人が、三人の侍に因縁(いんねん)をつけられ、斬り殺されかけた。が、一刹那(いちせつな)の偶然で逃れ、九死に一生を得た話である。

 
 ◆本編の内容

   
・今のご時節

     申すまでもありません。昔の町人は、一口に素町人と呼ばれ、侍衆には頭があがらない。(まか)り間違うと人斬包丁 で脅かされ、あんな壓制(あっせい)な、頭のあがらない時代もないもんでした。ソレには中間(ちゅうげん)なんかが無理無心。手がつけられないのです。當今(とうこん)のご時節とは雲泥萬里(うんでいばんり)(ちが)い。こうなくてはなりません。同じ人間ですもの。

   
・石をコツン

    ところで私というものが侍に危なく(やら)(かか)った、今でもゾッとする事があるんです。マア聞いて下さいまし。文久(ぶんきゅう)の頃です。。ある晩の事、四谷(よつや)(今は金杉(かなすぎ)に住みますがその頃牛込です)の親戚へ呼ばれまして御馳走になり、ホロ()い機嫌で、四谷大通りを夜のかれこれ12時近く、()ってまいると、アトから石をコツンと蹴ってよこす者がある。振返って見ると、お侍が3人大小(りゃんこ)が6本だ。五体(そうみ)がゾッとして肉が硬固(しゃちこ)ばって、足が進まなくなりました。

    三人の侍は、バラ〱と私を取巻いて「無礼な奴だ。石を後蹴(あとげ)に致したな」と言うんです。「ど、どう致しまして、左様の無礼を素町人の分際で致してよいものでございましょう」と詫入れば、「黙れ、この方の(すね)(あた)ったぞ」(嘘ばっかりいうんです)。モウこの時は一人の侍、私の襟首を捉え、一人は手を押さえているんです。ヤッ試斬(ためしぎり)だなと思った時のヒヤッとした心持、胸はドキ〱
と動悸の早鐘、蒼くなって震慄(ふるえあが)っちゃったんです。

  
・手が邪魔だ

    気も遠くなりまさア。耳の辺で何かガヤ〱いうから、ハッと思うと「君、危ない〱手を()けたまえ、手を・・・手が邪魔だ」。この早口の言葉、(いま)だに耳の奥に残ってるような気がしますよ。つまり一人の侍がスパリ()ろうとするんだが、襟首を押さえている侍の手が邪魔になるという一刹那(せつな)、私はこれに気づいて(おどろ)くまい事か、モウ無我夢中、体にあるだけの力を出して、斬ろうとする侍に衝突(つきあた)り、矢庭(やにわ)(ぬき)()けた刀を(ひん)(もぎ)って、(かつ)ぐが(はや)いか、何がなんだか一切夢中で駆出す、(おい)()ける。

    町人の悲しさ(うま)く相手の刀を奪いながら、刃向かうどころか、担いで逃出し、御濠端(おほりばた)高力(こうりき)(まつ)の下から(いち)()八幡(はちまん)の所まで(にげ)(おお)せたが、呼吸(いき)が切れて死にそうで、あの八幡下の泥溝(どぶ)今でもありましょう)・・・(あす)()の下へ潜込(もぐりこ)んでしまったんです。・・・実に命カラ〲とはああいう時の事でしょう。

  
・八幡大菩薩

   (あす)()の奥の方へ入っていると、三人の侍も追懸け来て「なんでもこの(みぞ)の辺で居なくなった」。「イヤ八幡へ逃込んだろう」と言っている時の心持ったら、南無(なむ)八幡(はちまん)大菩薩(だいぼさつ)でした。()()(なか)へ長い物干(ものほし)(ざお)を突込んで掻廻(かきまわ)したりしたんです。

   「どうも八幡だ」と、往った時の嬉しさは忘れはしません。()がほの〲と明けたから、ノソ〱()い出したが、今まで気がつきません。犬や猫の死骸の()まってる(くさ)さ鼻をもがれるよう。(はい)()すんで(わか)りましたよ。(こわ)いと思うと何も知らんもんですね。・・・やっと這出(はいだ)した。

  
・赤飯を炊く

  (とおり)(かか)った人々何だと思って寄って来ましたから、前夜(ゆうべ)の話をすると、いずれも私の好運を祝してくれました。キット辻斬に違いない。そうした機転は出ぬものだと()められました。家へ帰ると家ではまた前夜(ゆうべ)帰らぬとて、親戚との往復なんかあって、騒ぎなんでした。

  ・・・マア目出度(めでた)い命拾いだてんで赤飯を炊いたんですが、ナンと物騒なものでしょう。「手を・・・手を」と言った時押さえた侍が一刹逸(いっときはや)く手を引いてご覧じろ。スパッと()られてしまったんです。・・・あの担いだ刀が大きなツバでしたが、()()へ置いて来ました(あれ)がさ、どうなりましたろうテ・・。

■ 感想

   江戸時代は、武士の特権として、「切捨(きりすて)御免(ごめん)」が認められていた。が、これは、武士が耐え難い「無礼」を受けた時のみで、この例では、当たらない。ここでは、明らかに、「辻斬」と言える。今の世で言う「通魔(とおりま)殺人」である。昔も、今も、不法で理不尽な殺人行為に変わりはない。

 「辻斬」をする理由は、加害者側が、この例のように、刀の切れ味を知るための試斬りや、憂さ晴らし、金品の奪取等だが、非人道的な独善そのものである。人体を、竹のように、スパッと斬られる側の被害者は、たまったものではない。幕末の世上騒乱期には、この例のような、ごろつき侍が横行していたのだろう。江戸時代、「刀は武士の魂」、と言われていた。ならば、辻斬を働く武士の魂とは、一体どんな魂なのか。

                                                                                                                                                         以上   

                                              
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