源頼政之墓          源頼政之墓



頼政 驕れる平家に 擧兵すれども


自害せり 宇治の合戰に敗れて 


宇治川の清流に 眼を移せば


忽ち浮ぶは この武人の 清麗なる歌

                                                                          







                                                                                    

                                                                                                                                                                                                                                                                         平等院境内  (京都府宇治市宇治蓮華)

源 頼政 みなもとの よりまさ

一一〇四〜八〇年、 平安中期の武將・
歌人。通稱 源三位(げんさんみ)入道。
保元の亂では、後白河天皇方で參戰、平
治の亂では、はじめ源義朝方に從つたが
、のち平清盛側に參加。源氏衰退の時期
にも公卿に列した。しかし、平氏の專制
や源氏の衰勢を憤つて、一一八〇年(治
承元)、後白河法皇の皇子似仁王(もち
ひとおう)を奉じて、平家追討の擧兵を
したが、ここ宇治の合戰で敗れ自害した。
和歌にも優れ、「新古今和歌集」「千載
和歌集」に作品が收載され、家集に「源
三位頼政卿集」がある。
次の歌は、辭世の歌、その後の二首は歌
集からの一部である。

埋(むも)れ木の花さくこともなかりしに
    身のなる果ぞ悲しかりけれ


珍らしき春にいつしか打ち解けて
    まず物いふは雪の下水(したみず)

深山木(みやまぎ)のその梢とも見えざりし
    櫻は花とあらはれにけり

驕れる おごれる

擧兵 きよへい  兵を集めて戰いを起すこと

眼 まなこ

忽ち たちまち 


                                                                                                       


                                           

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