建禮門院大原西陵         建禮門院大原西陵




天上より 地獄への沈淪越えて


女院 一門の冥福に生きぬ 


閑寂なる深山の御陵に佇んで


合掌す 安心立命有れかしと











    寂光院 北東 (京都市左京区大原)

建禮門院は、平清盛の娘。高倉天皇の皇后。
安徳天皇の母。壽永四年(一一八五)、壇の
浦の戰いで、安徳天皇と共に、海に投じたが、
捕らえられ、京都へ送還された。以後は出家し
て、大原寂光院で平家一門の冥福を祈る日々
をおくり、建保一年(一二一三)一二月一三
日、この地で波瀾の生涯を閉じた。ここは、
その御陵である。
平家滅亡の翌年、この地を訪れた後白河法皇
に、女院は、その人生を天上から地獄への六
道輪廻(りんね)にたとえたという。

沈淪 ちんりん  深く沈むこと

女院 にようゐん  天皇の母等に對して朝廷
      から與えられた尊稱。

閑寂 かんじやく  ものしずかなこと

御陵 ごりよう  みささぎ

佇 たたず

安心立命 あんじんりふめい 
  心を安らかに、身を天命に委ね、動じない
  こと。   
                                                                


                                          

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