池田屋騒動之址        池田屋騷動之址



志士 襲撃したる 新選組


威名 洛中 洛外に轟けども


時勢 逆折 奔流の如く


誠忠 消え逝きぬ 歴史の闇に

                                                                          







                                                                                    

                                                                                                                                                                                                                                                                          (京都市中京區河原町三條東)

元治元(一八六四)年六月に起きた新選
組による尊攘派志士襲撃事件の舞臺址。
尊攘派志士が京都に潛伏、活動を活發化
したことを警戒して、新選組は、池田屋
を内偵、不穩な動きを掴み、六月五日夜、
ここ池田屋で會合中の志士を襲撃、志士
七人を斬殺、二三人を捕縛した。この事
件によって新選組の威名があがったが、
尊攘派の藩や志士を憤激させ、これが禁
門の變(蛤門の變)の原因となり、更に
は、鳥羽伏見の戰いに敗れるに及んで、
新選組は急速に退潮、四散していった。


威名 ゐめい  威光と名聲
         
逆折 ぎやくせつ  逆卷きめぐること

奔流 ほんりう  激しい勢いの流れ

誠忠 せいちゅう  一途の忠義












                                                                                                       


                                           

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