本能寺址           本能寺跡



信長 自害す 炎上の寺


忽ち燃え盡きぬ 天下人の夢 


知らず 蹉跌 人爲か天命か


唯知る 寺跡 今 石一つなることを

                                                                                   








                        本能寺跡  (京都市左京區蛸藥師通)

「本能寺の變」の舞臺となった所である。
天正十年(一五八二)六月二日、織田信長が
備中高松城包圍中の秀吉を救援すべく、ここ
本能寺に宿泊していた時、先發させていた
明智光秀が叛逆して信長を襲い自刃させた。
寺は、この變で灰燼に歸し、天正一五年
(一五八七)、現在の寺町に移つた。舞臺
となった所に、本能寺跡の石碑がある。

盡 つ

忽 たちま

天下人 てんかびと  天下の政權を掌握
                 した人   

蹉跌 さてつ つまずくこと

寺跡 じせき


                                                           


                                           

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