敦盛首塚          敦盛首塚



白面の公達 武人に討たれ


武人 發心して 行者に變じたり 


今に殘る 青葉の笛を 瞠視すれば


忽ち聞こゆ 兩人 悲愁の調べ

                                                                          







                                                                                    

                                                                                                                                                                                                                                                                         須磨寺境内  (神戸市須磨區須磨寺町)

平清盛の甥、敦盛の供養塚がある。
元暦元年(一一八四)、一の谷の戰いに
敗れた平家方は海上へ逃れたが、敦盛は
逃げ遲れて、源氏方の熊谷直實(くまが
いなおざね)に討たれた。僅か一六歳で
あった。少年を討つた直實は、これを機
縁に發心し、後に念佛行者になった。
寺の境内には、兩人が一騎打ちをしてい
る像の庭がある(上の寫眞)。
敦盛は笛の名手で、愛用の青葉の笛が寶
物館内に展示されている。敦盛の悲劇的
な話は、後世の人々の同情を誘い、「平
家物語」や謠曲「敦盛」等に語り傳えら
れている。哀調唱歌「青葉の笛」にも、
この話が詠われている。

  一の谷の軍(いくさ)破れ 
       討たれし平家の 公達あわれ 曉 寒き 須磨の嵐に 聞えしは
       これか青葉の笛

公達 きんだち  貴族の子息の稱。
         ここでは敦盛を指す。

武人 ぶじん 武士。
        ここでは熊谷直實を指す。

發心 ほつしん  菩提心を起こすこと

瞠視 だうし  目を見張ってみつめること

                                                                                                       


                                           

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