新井宿義民六人衆の墓       新井宿義民六人衆の墓


農民の窮迫に 直訴せむと 起てども


義民衆 處刑せらる 忽ち捕へられて

    
義擧三百年 花絶えざるに


唯覺ゆ 義心 永劫に傳ふと

                                                                          







                                                                                    

                                                                                                                                                                                                                                                                         善慶寺境内  (東京都大田区山王)

このあたり、江戸時代は新井宿(あらい
じゅく)村と言われ、徳川の旗本木原氏
の領地であった。一六七七年(延宝五)、
四代将軍家綱の頃、領主の圧政に苦しむ
村人を代表して、六人の村役人が直訴し
ようと、義挙の行動を起こしたが、捕え
られ斬首された。当時は、罪人の墓をつ
くることは、禁じられていたので、隠し
墓として、裏面に戒名が刻まれ、表側の
水穴に水を注ぐと、裏に水が回るように
工夫された。この事件は、義民六人衆と
して、村人に語り継がれることになる。

直訴 ぢきそ  一定の手続を経ずに、
     直接にお上に訴えること。

義擧 ぎきよ  正義のために事を起すこと

義心 ぎしん  義に勇む心

永劫 えいごふ  無限に長い年月


                                                                                                       


                                           

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