2000/3/22 転機と転職

 父親がなくなってから1年にまもなくなろうとしている。

 生前、私にいっていた言葉がある。

 「いいか、会社をやめてもいい。ただし、その理由が、いやなやつがいるから、だったら、やめてはならない」
 まだ、大学生だったころだ。なぜ、と理由を聞くと、「それは、どこの会社に行っても、お前にとって、いやな奴は必ずいるからだ。何回も何回も会社をかわることになってしまう。だから、上司が頭にくるから、同僚がいやなやつだ、という理由で辞めてはならない。その他の理由なら自分のすきなようにしろ」

 もう一つ。「若いときに鋭いとか、才能のある奴は出世できない。定年時に出世できているやつのパターンは、昼行灯とよばれて、バカにされ、無視されているやつだ。そういうやつは、まず文句をいわない、与えられたことを黙々とやる。壁にあたっても、ただ黙々とやる。かーっとこないので喧嘩をしない。黙々とやっているので、十年もたつとその道のプロになっている。みてみろ」と定年退職した会社の社報をさしだし、この部長いクラスというのは、ほとんどが入社時、めだたない奴だった。
 入社当時に、上司から才能がある、光っているなどといわれた奴は、だいたい、上司と喧嘩するなどしてやめてしまう。仕事も大物をまかされて、失敗して責任とらされた奴もいる。同僚に嫉妬された奴もいる」

 後者は、日本型経営での話しであり、外資スタイルでは通用はしにくいと思う。でも、いずれも、含蓄深い言葉だ。

 んで、私もなんかいいたいので。「人生の転機、たとえば転職とか。どっちの道を歩もうか悩む。そのときには、自分が本能で「いい方向だ」と感じるほうに進んだほうがいい。他人のいうことに納得していないのにしたがったり、いやな予感がするが理詰めで正しいからそっちにする、というのは止めたほうがいい」あとで振り返ってみると、こちら、と直感で感じたほうが正しい方向だったことが多いものだ。

 学生時代、マイコンなるものにこって、ある出版社に入り浸りになった。出入りしている人間も私も出版社の人間も熱にうかされたようにマイコンに熱中し狂っていた。マイコンなんて言葉自身知っている人間は周りにいなかった。そのとき、大学の友人に、私はマイコンの素晴らしさを、1時間話しまくった。どんなに面白いものかを話した。夢中になれるものかを。
 そうしたら、その友人は私をあわれそうな表情で見つめ、「お前、そんなくだらない板っきれ(ワンボードマイコン)になに夢中になってんの?冷静になれよ。そんなものに夢中になってるとお前おかしくなっちまうぞ。おまえ、生物学部だろ。ちゃんと授業にもでろよ。」背中に氷をいれられたような気持ちになった。その友人のいう「板っきれ」を見つめてみると、理詰めで考えだした。たしかにこんなものに男がいれこむのも変だ。ここで私はマイコンの世界から引いてしまった。出版社とはアスキーであり、マイコンがパソコンになっている。当時、私と同様にはまり、そのまま突っ走った人間たちは、今、とんでもない大物になっているわけだ....いやはや。

 ちなみに、そのくだらない板っきれ、おかしくなるぞ、と忠告してくれた友人はいま、コンピュータ企業でシステムエンジニアになっているそうだ。仕事が大変で死にそうだと嘆いていた。

 やはり、人の忠告に盲目的に従ってはならないな。と思う。自分の直感を信じるべきですね。人生の転機では。ほんと。