童話その1 国さかいの神様

 昔々、小さな国がありました。平和な中で人々は楽しく暮らしていました。

 隣の国との境の森には守り神がすんでいました。その神様は、となりの国に人々が行くときに、獣などから守ってくれたのです。人間そっくりですが、10メートルもあります。力もあり、頭もよかったのです。人々は敬い感謝し、貢物をささげていました。

 沢山の貢物を食べているうちに、その神様はどんどん大きくなっていきました。さらに、本来優しい、おとなしい神様だったのですが、凶暴にずるがしこく、貪欲になっていったのです。なぜでしょうか。たくさん貢物を食べ過ぎたのでしょうか?

 とうとう、貢物をもってこないと、守ってくれないようになったのです。さらには、人々が背中にしょっている荷物から、そっと食べ物をちょろまかすようになったのです。最初は目を瞑っていた人たちも、その程度がエスカレートしていくと、我慢できなくなりました。もはや、その神様は、神様ではありませんでした。逆に人々にとって、困った存在になってしまったのでした。貢物をあげないと、道を通してくれないので、国全体が、まずしくなってしまいます。

 人々は、この神様、いや怪物を退治してくれる人をもとめるようになりました。でも、そんな勇気のある勇者がそうそういるはずがありません。それでも、何人かの人が向かっていきましたが、ほんとうに簡単にやられてしまいました。

 ある町に住む、一番勇ましかった女性に、人々は救いを求めました。怪物退治をお願いしました。もともと、その女性は退治する気などなかったのですが、人々の後押しの声、声援、期待、お願いを聞いて、その気になり、退治してみるかと思いました。誰でも期待されれば、やってみようかと思うものです。

 彼女が戦闘の衣装に身を固め、今日、いよいよ怪物を退治という日がきました。人々は好奇心で、彼女のあとをついてきました。そして森の中で怪物と彼女は対面しました。隠れて、国中の人々がみています。退治してほしいのは本当ですが、実は戦う様を見るのが楽しくもあったのです。娯楽の面ももっていました。彼女は自分が闘技場の牛のように思われていることには気がつきませんでした。

 元神様は剣を振り上げて向かってくる彼女と、周りに隠れて、人々が見ている状況を理解し、びっくりしました。それは、その女性が強そうで自分が負けそうだからではなく、今まで、自分のいうとおりに、卑屈にしたがっていた人々が、初めて、はむかってきたからでした。しかも、怪物は、今では、彼らの貢物がないと生きていられないのも事実だったのです。

 怪物は、頭も非常によかったので、ただ彼女を倒すだけではだめだ、と瞬時にさとったのです。いやしい人間の分際で、この俺様に手向かうとは、笑止千番!二度と、そういう気持ちがおきないようにお灸を据えてやろう。教訓になるようにしてやろう。おまえらはおれの言うとおりに、していればいいんだ。卑屈で臆病な人間め、それを思い知らせてやる。

 まず、ものすごい唸り声を上げて、森の木をかたっぱしから、引っ込むいては、彼女になげました。彼女に多少はあたりましたが、うまくよけました。でも、何度も、投げつづけているうちに、見ている人々は青くなってきました。こんなに木を抜かれたのでは、山がハゲ山になってしまいます。すると、山がくずれて、道がうまってしまい、となりの国にいけなくなってしまいます。また、投げた木がやまになり、道をふさぎだしたのです。

 人々は困ったことだ、困ったことだ、とすぐに、言い出しました。あっという間に、怪物退治の楽しみではなく、困った事態になっていったのです。ただあたふたする間にパニックになりました。人々のその慌てた様子をみて、怪物はほくそえんだのです。よしよし、と。そして、次の手にうつりました。

 彼女をおいたまま、隣の国に突進していきました。彼女も人々もあとをおいかけました。怪物は、隣の国にたどりつくと、オオ暴れをしました。隣の国の人たちはびっくり仰天です。なにがおきたのかと見ると、隣の国の怪物がやってきて、オオ暴れして町を壊し、隣の国から来たらしい女性と戦っているのですから。その怪物は、その国にまできて暴れたことは今まで、一度もなかったのです。

 その国のひとは、ついてきた人々にいいました。困るよ、今まで、うまくいっていたのに、あんな女性のおかげで、怪物がこの国まできて迷惑をかけている!

 人々は、あやまりました。人々は「反省」しはじめました。なんで、こんなことになってしまったのかと。森の木は全滅寸前だし、隣の国にも迷惑をかけてしまった。すぐになんとか事態を収めなければ。そして集まって相談したのです。

 何事か決まったらしく、みんなはうなづきました。そして、怪物と戦っている彼女にそっと近づき、背後からナイフでみんなで刺し殺してしまいました。死体にみんなで罵倒の言葉を投げつけました。迷惑な女め、みんなを困らせやがって。おまえのおかげで大変なことになるところだった。

 もう、誰も、自分たち自身が、最初、怪物退治をお願いしたことなど、きれいに忘れ去っていました。

 怪物はそれをみて、にっこりとうなづき、おとなしく、元の森にかえっていきました。わかりゃあいいんだ、と独り言をいいながら。

 人々は口々にいいました。ああ、よかった。これでいい。これで揉め事はおわったんだ。

 それ以来、人々は、怪物のいうとおりに、抵抗なく従うようになりました。貢物もどんどん増える一方でしたが、なにもないのが一番だと悟ったのでした。何度か、怪物を倒してくれるように旅の勇者にたのんだ人もいましたが、彼女のたどった運命のものがたりは、どの国でも非常に有名になっており、どの勇者も、いやなこったと拒否し相手にしてくれなかったとのことです。